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「英文解釈」ってそもそも何?「解釈」という言葉の「解釈」が浅くない?

【解釈】かいしゃく
《名・ス他》
文章や物事の意味を、受け手の側から理解すること。また、その理解したところを説明すること。その内容。

解釈とは、意味を理解すること

すなわち、「『英文解釈』」とは、英語で書かれた文章の意味を、受け手の側から理解すること」。と私は定義したいです。

正しい日本語としては、「英文解釈」とは、上記の意味で用いられるべきでしょう。


最近「英文解釈」という言葉に特に拒否反応を示すようになってきました。

今日は巷で用いられている「英文解釈」という言葉に対する違和感をしたためてみようと思います。


私は仕事中、下線部訳の問題に関しては一貫して「英文和訳」という名称で呼び続けています。

たとえば哲学がテーマになると、私自身が解釈しきれず、上手にそのテーマを説明できないという後ろめたい気持ちからです。(京都大学2003など)

「英文和訳」という呼び方であれば「点数を取れる答案の作成の仕方の説明」に終始しても文句は出ないですからね(ホントか?)。

一般に言われている「英文解釈」は、3~5行程度のどこかから切り抜かれた短い文章を題材に、SVOCを書き、句や節で区切り、単語を訳し、繋げて日本語にして完成!という感じで、英文解釈というか、むしろ英文の「構造」を把握できるかどうかという「構文解釈」のことを表しているような気がします。

単語と文法を押さえれば、「解釈」できる!という風潮が蔓延してます。

Youtubeで積極的に情報を発信しているとある大手塾が、こういうことをインターネット上で書いています。

●英文解釈って何?
長文読解を「速読」というのに対して、英文解釈は「精読」とか「遅読」といいます。

どっかの大手塾の記事のコピペ

「長文読解=速読」、「英文解釈=精読/遅読」らしいです。

長文読解は英文解釈ではないらしいです。別モノらしいです。

私の授業でこんなこと言ったら、生徒に「頭でも打ったんか?」と思われてしまいますね。風説の流布はやめてもらいたい。

前述したように、「英文解釈」とは「英語で書かれた文章の意味を、受け手の側から理解すること」、すなわち長文読解≒英文解釈と理解していたのですが、私が細かすぎるのでしょうか。

まあ言葉は生き物なので、受験産業と言う狭い界隈で用いられる専門用語として「英文解釈」は「構文解釈&単語変換」という意味になっていったのでしょう。

私は広義の意味で「英文解釈」という用語を用い、受験界隈では狭義の意味で「英文解釈」という用語を用いている。そういうことなのでしょう。

ギース・ハワード(餓狼伝説・1991年)の「当て身投げ」も当て身はしてませんが、格闘ゲームという狭い界隈で「相手の攻撃を受け止めて投げで反撃する」という意味で定着してしまいましたしね。、、、おっと、蛇足でした。

なんなら相手が攻撃してなくても取れる

話を「解釈」の話に戻します。
ラテン語の勉強をしているときに、以下の文章に出会いました。
練習問題として、日本語に訳せとの指示です

Progeniem sed enim Troiano a sanguine duci
audierat Tyrias olim quae verteret arces.

『アエネーイス』第一巻19-21

いきなりここだけを切り抜いて訳せ、と言われてもまず主語がわかりません。原典やヒントを見ずに、誰が"audierat"「聞いてしまっていた」のか?はわかりません。3人称単数ということしかわかりません。主語になるはずの単数主格はどこにも書いてありません。原典では文脈があるので書いてなくてもわかりますが、この部分は切り抜きなので推測不可能です。
そもそも何に対して"sed"「しかし」なのかもわかりません。

文章の意図が何が何だかわからないまま、構造を分解していくことを要求されます。

この時点ではテキストでは未修の文法単元、受動態"duci"と接続法未完了過去"verteret"、さらにはaudieratが導く対格不定法によりProgeniemとduciがSV関係となっていますが、3つも未修事項が出てきている時点で今まで習った知識では解けない理不尽さを感じます、、、。

むりむりかたつむり

今回の場合は未修事項が多すぎて解釈に使える手札が足りず、絶対に解釈はしきれないのですが、とりあえず模範解答は以下のようなものでした。

しかし、女神はまた、やがてトロイア人の血を引く後裔が誕生し、
テュロス人の城塞を打ち砕く日が訪れることを聞き知っていた。

これはどういう意味なのでしょう。どういう文脈での記述なのでしょうか。
君たちはいったいどこの誰なんだい

ラテン語を日本語に置き換えて文章が出来上がりましたが、私はこの日本語を言葉通り以上の内容を他の人に説明できません。なぜなら私は文章の意味内容を「解釈」できていないのですから。

しかし、狭義の「英文解釈」(ここでは羅文解釈ですが)の意味であれば、この日本語ができあがっただけで完璧なようです。


とまあこんな経験を経て、文脈も考慮しない、出来上がった日本語の意味も説明できない、それっぽい日本語を並べただけの解答を「解釈」と呼びたくはない、と強く思うようになってきたわけです。

「解釈」、受験界隈では「英文解釈」という言葉を使うのであれば、「筆者の主張や文章の流れを汲んで理解して」「自分で意味を理解し他人に説明できる日本語」を解答として書く、ということが本来は要求されるのではないでしょうか。

これはただのイチャモンとかではなく、自らの外国語学習の実体験を交えた主張、そしてそれから生じた「英文解釈」という語の使い方に対するアンチテーゼなのです。

自分のことだけで精いっぱいな受験生はともかく、英語指導者は「英文解釈」という言葉の使い方には気を付けてほしいと思う所存です。

高い授業料取って偉そうに「構文解釈&単語変換」してるだけじゃあ無料のAIで十分ですからね。

頭は首の上についているうちに使いましょうね。


実際の入試問題を用いた「浅い英文解釈」に対するアンチテーゼはこちら。
英語指導者へ「新しい視点」を与えます。

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