「経営にITがわかる人がいない」は本当か — 経営とITの間にある「見えない壁」の正体
「経営はITを理解していない」。IT部門の人はそう言います。
「IT部門は経営がわかっていない」。経営側はそう言います。
どちらも、相手のことを「分からず屋だ」と思っている。
もう何年も、同じ構図が繰り返されています。
でも、本当に問題は「知識の不足」なのでしょうか。
経営者が「ITがわからない」のは、勉強不足だからでしょうか。
IT部門が「経営がわかっていない」のは、視野が狭いからでしょうか。
もしあなたがこの溝の間に立たされたことがあるなら、少し違う角度から見てみてください。
問題は知識ではなく、「見ている世界」が違うのかもしれません。
同じ事実を見ているのに、見えているものが違う
ひとつの例を考えてみます。
ある会社で「AIを導入する」ことが決まった。この事実は一つです。
でも、この事実に対する解釈は、人によってまったく異なります。
効率化を重視する人は「素晴らしい。無駄が減る」と考えます。
現場で長年の経験を積んできた人は「仕事の心が失われる」と感じます。
経営者は「競争力の強化だ」と期待します。
中間管理職は「自分の役割がなくなるのでは」と不安を覚えます。
事実は一つなのに、解釈は無限にある。
これは知識の差ではありません。それぞれの人が、自分の経験や立場や価値観を通して世界を見ている。
その「見ている世界」 — ここでは「世界観」と呼びますが —が違うから、同じ事実に対して違う反応が起きるのです。
「通訳」がいない国際会議
経営とITの間で起きていることは、通訳がいない国際会議に似ています。
日本語話者と英語話者が、それぞれ自分の言語で話している。
お互いに「なぜ相手は理解してくれないのか」と苛立っている。
でも、問題は相手の能力ではなく、間をつなぐ通訳がいないことです。
経営の言語は「市場」「競争力」「成長」。
ITの言語は「アーキテクチャ」「スケーラビリティ」「データ基盤」。
どちらの言語も、それぞれの世界では正しい。
でも、互いの言語に翻訳する人がいなければ、永遠に噛み合いません。
しかも、厄介なことに、この溝は単なる「用語の違い」ではありません。
根底にある「何を大切にしているか」が違う。
経営は「変化」を求め、現場は「安定」を守ろうとする。
どちらが正しいかではなく、大切にしている価値観そのものが異なる。
この価値観の違いに気づかないまま、「もっとITリテラシーを上げよう」「もっと経営を学ぼう」と知識を積んでも、溝は埋まりません。
どちらが正しいかを決めるのではなく、違いを認めるところから
ある修了生がこう語っていました。
「ITの中にいるのに、情報システムを理解していなかった」。
この言葉は印象的です。
ITの知識はある。技術的な判断はできる。
でも、その技術が組織の中でどういう意味を持つのか — 経営の世界観から見たときにどう映るのか — を理解していなかった、ということです。
経営とITの壁を越えるために必要なのは、どちらかがもう一方の言語を覚えることではなく、「相手は自分とは違う世界を見ているのだ」と認めるところからではないでしょうか。
そして、その認識の上に立って両者の世界をつなぐのが、第1回で述べた『設計者』の仕事です。
その認識がないまま、いくらDX戦略を策定しても、経営とITは別々の方向を向き続けます。
あなたの組織のこの壁は、知識の問題ですか?
こう問いかけてみてください。
「あなたの組織で経営とITが噛み合わないのは、知識の問題ですか? それとも、見ている世界の問題ですか?」
もし後者だと感じたなら、足りないのはITリテラシー教育ではなく、異なる世界観をつなぐ力かもしれません。
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この連載では、DXの推進に関わるすべての人が直面する「構造的な盲点」を、隔週で掘り下げています。
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