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変態経済学──変態の基軸通貨は「楽しみ」である

はじめに──「好き」のその先にあるもの

「好きなことを仕事にしよう。」

そんな言葉を耳にする機会は増えました。
確かに、自分の好きなことに挑戦できる人生は幸せです。

しかし私は、以前から一つの違和感を抱いていました。

好きと楽しいは、本当に同じなのでしょうか。
好きだけれど楽しくないことがあります。
逆に、あまり好きではないのに、夢中になってしまうこともあります。

この違いを二千五百年前に見抜いていたのが孔子です。

「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。」

知ることより好きになること。そして好きになることより、楽しめること。孔子は「楽しむ」という状態を、人間の最も成熟したあり方として位置づけました。

現代社会は「好き」を推奨します。しかし、不思議なことに「楽しむ」ことには、どこか警戒心があります。

仕事なのだから苦労するべき。
楽しんでいる人は真剣ではない。
そんな空気が、私たちの周囲には確かに存在しています。

しかし、本当にそうなのでしょうか。
私たちはこのままでよいのでしょうか?



■「好き」は気質、「楽しむ」は技術

私は、「好き・嫌い」と「楽しい・楽しくない」は別の軸だと考えています。

好き嫌いは、生来の気質や経験に影響されます。生理的に受け付けないものを好きになることは簡単ではありません。

一方で、「楽しむ」ことは後天的に身につけられる技術です。

もちろん、考え方を変えることも大切です。しかし、それ以上に大切なのは、小さく試してみることです。

仕事をゲームにしてみる。
「今日は一つだけ新しいやり方を試してみよう」と決めてみる。
仲間を巻き込んでみる。

手を動かし、試行錯誤する中で、「意外と面白いかもしれない」という身体感覚が育っていきます。

私は、この姿勢をDIY (でろ、いけ、やれ)と呼んでいます。

(でろ) 既存の生活圏から一歩でてみる。
(いけ) 気になったら現場に足を運んでみる。
(やれ) その気付きを次の新たな行動へ結びつける。

世界は、頭の中だけでは変わりません。

世界と実際に関わることで、「楽しみ方」は少しずつ身についていくのです。


■変態とは、プロセスに快感を覚える人である

ここで、私のいう「変態」の話になります。

変態とは、好きなことしかしない人ではありません。
プロセスそのものに快感を覚える人です。

結果が出たから嬉しい。
評価されたから嬉しい。
お金が増えたから嬉しい。

もちろん、それもあります。

しかし変態は、その前に、

考えることが楽しい。
試すことが楽しい。
失敗することが楽しい。
改善することが楽しい。

そんな感覚で世界と関わっています。

だから、周囲から見ると理解できません。

「あの人、なんであんなことを楽しそうにやっているの?」
「大変な仕事なのに。」
「あぁ、あの人は変態だから。」

そう見えるのは、結果ではなく、プロセスそのものを味わっているからなのです。


■変態は「楽しめないこと」を知っている

ただし、ここで誤解してはいけません。

変態は何でも楽しめる人ではありません。

むしろ逆です。

「これは、自分はどう頑張っても楽しめない。」
という境界をよく知っています。

だから、

任せる。
仕組みにする。
DXする。
AIにお願いする。
そして、仲間に任せる。

そんな選択を躊躇なく行います。

これは怠けているのではありません。

自分が楽しめないことを、楽しめる誰かへ託す。

その瞬間、相手の中に眠っていた主体性や創造性が目を覚ますことがあります。

「そんな仕事、好きだったんです。」
「任せてもらえて嬉しいです。」

そんな場面を、私は何度も見てきました。

仕事を手放すことは、責任を放棄することではありません。

誰かの変態性を信じることなのです。


■我慢はコストである

従来の経済学では、コストとはお金や時間です。

しかし変態経済学では違います。

最大のコストは「我慢」です。

なぜなら、自分が楽しめない仕事を我慢して続けることは、本来その仕事を楽しめた誰かの機会を奪っているからです。

私は経理が苦手かもしれません。
しかし経理が大好きな人もいます。
私が無理をして続けるより、楽しめる人にお願いした方が、

品質は上がる。
本人も楽しい。
私は創造に集中できる。
そして、お互いの変態性が磨かれていく。

つまり、

我慢は個人の問題ではありません。

社会全体の創造性を下げるコストなのです。


■DXとは、楽しめない仕事を減らすことである

私は長年DXや新規事業に携わってきました。

その中で思うのは、イノベーションの出発点は、
「もっと頑張ろう。」
ではありません。

むしろ、

「これ、面倒だな。」
「これは人間がやる必要あるのかな。」

という違和感から始まることがほとんどです。

洗濯機も、
インターネットも、
RPAも、
生成AIも、

すべて「楽しめない仕事」を人間から解放する技術でした。

ところが現実には、DXによって効率化した時間で、さらに仕事を増やしてしまうことがあります。

私は、それは本来のDXではないと思っています。

DXやAIの目的は、人間をもっと働かせることではありません。

人間が楽しめることに集中できる余白をつくること。

そのためにあるのです。


■変態の基軸通貨は「楽しみ」である

近代経済学の基軸通貨は貨幣です。

利益も投資も、貨幣を中心に考えます。

しかし変態が日々計算しているのは、

「これは面白いか。」
「これは楽しめるか。」

ということです。

つまり、

変態の基軸通貨は「楽しみ」です。
楽しみは価値を測る尺度になります。
仕事を交換する基準にもなります。

そして何より、

楽しんだ経験は、
仲間になり、
信頼になり、
技術になり、
アイデアになり、
次の創造へと複利で増えていきます。

貨幣以上に、未来を生み出す資本なのです。


■「変態度」が豊かさを決める

ここでいう変態とは、「好きなことだけをやる人」ではありません。

本来あまり好きではないことの中にも、面白さや創造性を見つけられる人。
試行錯誤を重ねる中で、自分なりの楽しみ方を発明できる人。

そんな人ほど、変態度は高くなります。

もちろん、どうしても楽しめないこともあります。
その境界を知り、手放すこともまた技術です。

しかし、以前なら苦痛だったことを、自分なりの工夫で楽しめるようになった瞬間、人は新しい自由を手に入れます。

変態経済学における豊かさとは、貨幣の量ではありません。

「楽しめること」の総量が増えていくこと。

そして、その楽しさが周囲へ伝播し、誰かの楽しさを引き出し、新しい価値が次々と生まれていくことです。

変態度が高い人ほど、社会に新しい循環を生み出します。

だから私は、「変態」は最大級の褒め言葉だと思っています。


おわりに──変態を増やそう

AI時代に本当に必要な能力があるとすれば、
それはAIを使いこなす能力ではありません。

自分は何を楽しめる人間なのかを知り、楽しめないことを手放し、そして楽しめる領域を少しずつ広げていく能力です。

変態経済学が目指す社会とは、
GDPを最大化する社会ではありません。

一人ひとりが、自らの楽しみを基軸通貨として循環させ、その循環が新しい価値を生み出し続ける社会です。

私は、そのような「変態」が増えることこそが、AI時代における本当の豊かさなのだと信じています。

次は、この「楽しみ」を「貨幣」とどう結びつけていくのかについてです。


最後までお読み頂きありがとうございました☆

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