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変態経済学──希望は、GDPを包含する

先日公開した「変態経済学──変態の基軸通貨は『楽しみ』である」という記事に、とても嬉しいコメントをいただきました。

「変態の基軸通貨『楽しみ』を、実際のビジネス上の『貨幣』にいかに良いレートで交換していけるかもスキルとして大事なのでは、と思いました!」

まさに、その通りだと思いました。

そして、このコメントのおかげで、自分の中でも「変態経済学」がもう一歩進んだように感じています。

今回は、その気づきを書き残しておきたいと思います。



■変態経済学は、貨幣経済を否定しない

最初に伝えたいことがあります。
変態経済学は、お金を否定する思想ではありません。

私たちは生活をします。
会社も利益を出さなければ続きません。
貨幣は、人類が生み出した最も優れた発明の一つです。

では、何が違うのでしょうか。

私は、それは「基軸通貨」の違いなのだと思います。

近代経済学では、貨幣が価値を測る基準になります。

一方、変態経済学では、
「楽しみ」が価値を測る基準になります。

だから、お金を否定するのではありません。
お金を「目的」ではなく、「結果」として位置づけ直しているのです。


■ビジネスとは、「楽しみ」を社会価値へ変換する技術である

読者のコメントを読んでいて、ふと思いました。

もしかすると、
ビジネスとは、「楽しみ」を貨幣へ交換する技術なのではないでしょうか。

しかし、ここでいう貨幣とは、単なる売上ではありません。
本質は、「楽しみ」が誰かの価値へ変わることです。

例えば、自分が夢中になっていることが、誰かにとっては「苦手なこと」「やりたくないこと」を解決している。

あるいは、自分が楽しみながら培った知識や経験が、誰かの挑戦を後押ししている。

この瞬間、「自分の楽しみ」は社会的価値へと変わります。
その結果として、貨幣が循環する。

ビジネスモデルとは、マーケティングやブランド戦略だけではありません。
自分の変態性と、誰かの困りごとが出会う構造を設計すること。

それが、最も良い交換レートを生み出すのだと思います。


■本当に危険なのは「為替差損」

しかし、ここには落とし穴があります。

貨幣への交換レートばかりを追い始めると、
いつの間にか、
楽しみ100だったものが、
楽しみ20になってしまうことがあります。

売上は増えた。
利益も出た。
でも、もう楽しくない。

これは、変態経済学では成功とは呼びません。

むしろ、
基軸通貨を失いながら貨幣を増やしている状態です。

私はこれを、「為替差損」と呼びたくなりました。

一方で、楽しみを基軸通貨として回し続けると、不思議なことが起こります。

楽しみは信頼を生みます。
信頼は仲間を呼びます。
仲間は新しい挑戦を生みます。
挑戦はさらに価値を生みます。

その結果として、思いもよらない仕事や事業の機会が返ってくる。

これは単なる利益ではありません。

楽しみへの投資が、信頼や仲間という資本を複利で増やし、結果として大きな為替差益を生み出している状態です。

変態経済学では、この循環こそが本当のレバレッジなのだと思います。


■私自身も、「楽しみ」を減らさない経営を実験してきた

振り返ってみると、私自身の仕事も、この考え方そのものだったように思います。

例えば、LEGO® SERIOUS PLAY®やBusiness Model Canvasのファシリテーションを学び始めた頃、それは楽しみや純粋な知的好奇心からでした。

「面白そうだからやってみたい。」

それだけでした。

しかし、その楽しみは少しずつ誰かの価値になり、仲間が増え、実践が増え、やがてグロースワークスという会社になりました。

企業研修や新規事業支援、組織開発、そして様々な共創プロジェクトへと広がり、結果として貨幣経済も回るようになりました。

もちろん、いつも順調だったわけではありません。

だからこそ、私は一つだけ意識してきたことがあります。
「楽しみの総量を減らさないこと」です。

一人で抱え込まない。
成果のために信頼を犠牲にしない。
お金や肩書きではなく、気持ちで仲間とつながる。
お願いするときも、命令ではなく共感から始める。

そうした小さな選択の積み重ねが、結果として事業そのものの持続可能性を支えてきたように思います。

グロースワークスに限らず、全ての場所での営みにおいて、同様の変態経済を回している実感があります。


■本当に循環しているものは何か

ここで、さらに大きな気づきがありました。

私たちは「経済」と聞くと、お金の流れを思い浮かべます。
しかし、本当に循環しているものは、それだけでしょうか。

仕事をしていると、
信頼が生まれます。
仲間ができます。
学びがあります。
楽しみがあります。
希望が生まれます。

そして、その結果として貨幣も循環します。

つまり、現実の社会は、
貨幣だけが循環しているのではありません。

さまざまな価値が同時に循環しているのです。

貨幣経済は、その中の一つを精密に扱ってきました。

変態経済学は、その循環全体を扱おうとしている。

私は、その違いなのだと思っています。


■希望は、未来の可能性である

ここで、ようやく希望リテラシーとつながります。

私はこれまで、

希望とは、

「まだ見えていなくても、未来を信じて歩み続けられる力」

だと考えてきました。

今回の対話を通して、その定義がさらに深まりました。

希望とは、

「自分の楽しみは、誰かの価値へと変わり、その価値はまた新しい楽しみとして返ってくる」と信じられる感覚なのではないでしょうか。

この循環への信頼があるから、人は挑戦できます。
だから希望は、単なる感情ではありません。

未来に眠る可能性を信じる力なのです。


■GHP──Gross Hope Potential

GDPは、人類にとって偉大な発明でした。

しかしGDPが測っているのは、
貨幣として交換された価値です。

もし希望リテラシーを社会へ実装するとしたら、もう一つ指標があっても良いのではないでしょうか。

私は仮に、

GHP(Gross Hope Potential:総希望潜在力)

と呼んでみたいと思います。

GDPが「交換された価値」を測る指標なら、
GHPは「これから交換され得る希望の総量」を測ろうとする指標なのです。

ここで重要なのは、
GHPはGDPと対立する概念ではないということです。

GDPは、GHPの一部です。

希望が育ち、
楽しみが生まれ、
信頼が積み重なり、
仲間が増え、
挑戦が生まれ、
その結果として貨幣が循環する。

GDPは、その循環の一部を測っています。

GHPは、その循環全体が未来へ向かってどれだけ可能性を生み出しているかを見ようとする指標です。


おわりに

ーー希望は、貨幣を包み込む

私は、貨幣を否定したいわけではありません。

むしろ、もっと健全に貨幣経済を発展させたいと思っています。

そのためには、

「楽しみが損なわれていないか。」
「新しい希望が生まれているか。」

という視点が欠かせません。

これこそが、変態経済学が考えるサステナビリティであり、レジリエンスです。

市場は変動します。
景気も上下します。
AIも社会を大きく変えていくでしょう。

それでも、自分の基軸通貨が「楽しみ」であり、その楽しみが誰かの価値へと変わり、また新たな希望となって返ってくると信じられるなら、私たちは短期的な貨幣経済の変動に振り回されることなく、何度でも挑戦を始められます。

ーー交換だけでなく交歓も。

市場は交換によって成り立っています。
しかし、人間社会は交換だけでは成り立ちません。

交歓があるから、信頼が生まれます。
交歓があるから、希望が生まれます。
交歓があるから、新しい価値が生まれます。

変態経済とは、人間が本来持っている様々な資産(楽しみ・希望・信頼・仲間・学び)を、貨幣も含めて、交換と交歓によって循環されていることを対象としています。

変態経済学とは、交換だけでなく「交歓」を経済の中に取り戻す学問であり、貨幣経済を否定する思想ではなく、貨幣経済をより大きな「希望の循環」の中へ位置づけ直す経済学なのだと思っています。


最後までお読み頂きありがとうございました☆

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