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希望とは「感情」ではなく「知性」である。──構造を更新するための希望リテラシー

はじめに──世界は、本当に変えられないのだろうか

「どうせ組織は変わらない。」
「社会はそんなものだ。」

そんな言葉を耳にすることがあります。

会社の文化。
学校の空気。
地域の慣習。
社会の制度。

どれも巨大で、自分一人ではどうにもならないように思えます。

だから私たちは、目の前の出来事に向き合いながらも、どこかで「仕方がない」と諦めてしまう。

しかし、本当に変わらないのは世界なのでしょうか。
それとも、私たちの「世界の見方」なのでしょうか。

私は近年、「希望リテラシー」という考え方を探究しています。
希望とは、ポジティブシンキングではありません。
未来を楽観視することでもありません。

私は、世界との関わり方を更新し続けるための知性
こそが、希望なのではないかと考えています。



■私たちは「出来事」を見て、「構造」を見落としている

ある日、Xで「社員を消耗品のように扱う経営者」について議論になっていました。

「そんな経営者は許せない。」
「社員をもっと大切にすべきだ。」
「そんな会社は辞めればいい。」
「そんな会社にしか入れない社員にも問題がある。」

どれも、それぞれの立場から見れば理解できる意見です。

しかし私は、少し違和感を覚えました。

議論の多くが、起きた出来事や、
その出来事に対する評価のみを語っていたからです。

そこで私は、

「経営者と社員の認識がズレてしまう構造があるのではないでしょうか。」

という趣旨のコメントを書きました。

すると、
「コミュニケーションで解決できる部分があるなら、おろそかにしてはいけない。」

という返信をいただきました。
もちろん、その通りです。

しかし、このやり取りを通して私は一つのことに気付きました。

構造の話をしていても、人はすぐに現象へ戻ってしまう。

実は、それ自体が一つの構造なのです。


■世界は「構造」でできている

イギリスの哲学者ロイ・バスカーは、批判的実在論の中で、世界を三つの層で説明しました。

  • 私たちが経験する世界

  • 実際に起きている出来事

  • それらを生み出している構造や生成メカニズム

例えば離職率が高い会社。
目に見えるのは、「社員が辞めた」という出来事です。

しかし、その背景には、

評価制度、
組織文化、
役割設計、
心理的安全性、
コミュニケーションパターン、
業界や市場の動向など、

さまざまな関係性が折り重なっています。

出来事は突然起きるものではありません。
構造が出来事を生み出しているのです。

だからこそ、私の提唱する希望リテラシーの第一歩は、

構造を見ること

から始まります。


■希望リテラシーとは、四つのモードを往復する知性である

私は希望リテラシーを、一つの能力ではなく、

四つの認知モードを自在に往復する知性

だと考えています。

・構造リテラシー

構造リテラシーとは、

「人」ではなく「人と人との関係性」を見るモードです。
「制度」ではなく「制度を生み出している関係性」を見るモードです。
「結果」ではなく「結果を生み出している流れ」を見るモードです。

例えば給与は、人事制度だけで決まっているわけではありません。

経営者と従業員との関係性、
業界内でのポジショニング、
市場との力関係、
社会全体の経済構造。

それらが重なり合って初めて「給与」という結果になります。

私たちが普段「原因」だと思っているものも、さらに大きな構造の一部なのです。


・不在リテラシー

不在リテラシーとは、「何があるか」ではなく、
本来そこにあってもよいものが、なぜ存在していないのか

を見るモードです。

例えば、
雑談がない。
笑い声がない。
素朴な質問がない。
「ありがとう」が聞こえない。

それらは単なる雰囲気ではありません。

そこには、
安心して話せる余白、
失敗しても大丈夫という空気、
互いを信頼する関係性などが、
影のように消えているのかもしれません。

現象を見るのではなく、

可能性の不在を見る。

それが、不在リテラシーです。


・変容リテラシー

しかし、構造や不在が見えるようになるだけでは、
人は希望を持てません。

むしろ、

「世界はこんなにも構造に支配されているのか。」

と絶望してしまうかもしれません。

だから必要なのが、変容リテラシーです。

批判的実在論は、構造は実在すると教えてくれます。
しかし、希望リテラシーが大切にしたいのは、その続きです。

構造は、人間を規定します。

しかし同時に、人間もまた、構造を日々生み出しています。

私たちは構造の産物であると同時に、構造の創り手でもあるのです。

さらに、不在が見えるということは、まだ存在していない未来が見えている

ということでもあります。

だから変容リテラシーとは、「構造は変わる」と信じる力ではありません。未来は、まだ構造の中に埋め込まれていることを理解する力なのです。

例えば、不在に気付いた一人が、

「ありがとう」と言い始める。
雑談を始める。
役職ではなく「○○さん」と呼ぶ。

その瞬間、昨日まで存在しなかった関係性が生まれます。

つまり、構造は更新されます。

だから構造は、固定された運命ではありません。
日々の営みによって更新され続ける、生きた存在なのです。

素朴な体験でも構いません。

「構造は変わり得る」

ということを、

自らの体験を通して信じられる力。

それが変容リテラシーです。


・実践リテラシー

そして、構造は見たり考えたりするだけでは変わりません。
具体的に働きかけることで初めて変わります。

私がDIY(でろ、いけ、やれ)と呼んでいるのは、
まさにその実践です。

例えば、
職場を一歩出て、他部署や他社の人と話してみる。

それだけで、自分の会社では当たり前だった文化が、
実は特殊だったと気付くことがあります。

あるいは、
小さな一言で関係性が変わることもあります。

実践は、構造を変えるだけではありません。
実践そのものが、構造を理解するための学びでもあるのです。

だから四つのモードには順番がありません。

構造を見て実践することもあれば、
実践したから構造が見えてくることもあります。

希望とは、この四つを何度も往復し続ける営みなのです。


■四つのモードを動かしている「重力」がある

しかし、ここまで考えてきて、
私はもう一つ大切なものがあることに気付きました。

四つのモードは、決してそれだけでは動きません。

構造を見る。
不在を見る。
変容を信じる。
実践する。

それらは、

世界と無関係では起こらないのです。

私はこれを、

関係性リテラシー

と呼んでいます。

楽しみ。
興味関心。
義憤。

「この先にどんな世界があるのだろう。」
あるいは、
「こんな世界でいいわけがない。」

そんな感覚です。

これらは能力ではありません。
世界との関係性です。

「世界」と書くと大げさに聞こえるかもしれません。
しかし、それは人と人との関係性でもあり、
仕事との関係性でもあり、
家族との関係性でもあり、
あなたの部屋との関係性でもあります。

私は最近、この関係性を「重力」のようなものだと考えるようになりました。

世界が自分と無関係なら、
私たちは構造を見ようとはしません。
不在にも気付きません。
DIYもしません。

世界が自分を引き寄せ、自分もまた世界へ引き寄せられる。
その相互作用の中で、人は少しずつ世界を理解し、
同時に世界もまた少しずつ更新されていきます。

その見えない引力があるからこそ、
四つのモードは動き始めるのです。


■怒りは、探究へ変わる

私は以前、『進撃の巨人』のハンジについて記事を書きました。

ハンジには義憤があります。
仲間を失った悲しみもあります。

それでも彼女は、
「まず捕まえて調べよう。」
と言います。

敵をすぐ倒そうとはしない。
まずは理解しようとする。

「なぜなんだろう。」

という興味関心が、怒りより少しだけ強いのです。

ジョン・キーツは、

「ネガティブ・ケイパビリティ」

という言葉を残しました。

シンプルに言えば、分からなさの中に留まり続ける力です。

構造は、すぐには見えません。

だから希望とは、
答えを急ぐことではなく、
構造に留まり続けることでもあります。

怒りは探究へ変わる。
悲しみは問いへ変わる。

教育とは、
「正しい答え」を教えることだけではありません。
問いの中に留まり続けられる人を育てることでもあるのです。


■私たちは「被害者」であり、「更新者」でもある

希望リテラシーが伝えたいことは、

経営者が悪い、
社員が悪い、

という話ではありません。

私たちは皆、構造の中に生きています。
だから、誰もが構造の影響を受けています。

しかし同時に、誰もが構造へ働きかけています。

経営者は制度や文化を更新できる。
社員は日々の関わり方を更新できる。

影響の大きさは違っても、

本質的には、

どちらも世界の更新者なのです。


おわりに──これからの教育に必要なもの

私たちが、これからの教育や人材育成において育みたいのは、

「正しい答えを出す力」

だけではありません。

むしろ、その多くはAIが担うようになるでしょう。

私たちが育みたいのは、
現象の背後にある構造へ目を向け、
世界は構造でできていることを理解し、
その構造は変わりうることを信じ、

そして、自分自身もまた、
その構造を更新する一人であることを実感できる人です。

希望とは、未来を楽観視する感情ではありません。
世界への参加の仕方です。

構造を見る。
不在に気付く。
変容を信じる。
実践する。

そして何より、
半径30センチから地球規模に至るまで、
それぞれのスケールで描く「あなたと世界との関係性」を諦めないこと。

その知性を私は、

希望リテラシー

と呼んでいます。

希望リテラシーとは、世界の見方を変えるための理論ではありません。
世界との関わり方を変えるための実践知です。

だから今日も、
小さな問いを立て、
小さな不在に気づき、
小さな一歩を踏み出す。

あなたが交わす一つの挨拶も、
一つの問いも、
一つの笑顔も、
静かに世界の構造を更新しています。

希望とは、
その事実に気付き、
これからも世界へ参加し続けること。

その積み重ねこそが、未来の構造を静かに更新していくのです。


最後までお読み頂きありがとうございました☆

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