イノベーションのゴールとは?
イノベーションへの取り組みにおけるゴールはどこにあるか?皆さんはどの様に思われるでしょうか。新たな価値を創出し、それにより人々や社会に持続的な行動変容をもたらすものといった、提供価値に関することをイメージされる方が多いかもしれません。あるいは、新たな価値観や技術を導入し、文化や行動様式に変化をもたらし、持続的な価値創出を可能とするプロセスやエコシステムの形成をイメージされる方もいらっしゃることでしょう。
しかしながら、これらはすべて「なんのためにそれに取り組むのか?」という目的を含んでいないことに、気が付かれた方もいらっしゃるかもしれません。
日本を代表する経営学者の一人である野中郁次郎氏らは、経営とは「共通善」に向かうべきものであり、常に新たな知識や、意味・価値を創出し続ける知識創造の重要性を説いている。私の理解では、これらに非常に近い概念として、「ノーブルゴールの追求」こそがイノベーションのゴールとなり得ると考えています。
「ノーブルゴールの追求」とは、私も参画しているEQ開発のグローバルネットワークである「シックスセカンズ」が定義するEQコンピテンシーのひとつです。ノーブルゴールとは直訳すると「崇高な目標」などとなりますが、個人や組織が「こうありたい」「こう在り続けたい」と願う生き様や存在目的に近いものであると言えるでしょう。
これらがイノベーションへの取り組みにおいても、日常の行動や意思決定において拠り所となり、自分自身の感情と理性を調和させながら、不確実性の高い状況において進むべき道を示すものとなるのです。本稿では、イノベーションにおいて、ノーブルゴールが果たす役割とその実践について考察してみたいと思います。
1. ノーブルゴールの特性とイノベーションへの意義
(1) 明確なビジョンの提供
ノーブルゴールは、自分が成し遂げたい目標や理想像を明確化するための指針となります。この指針があることで、不確実性や複雑さに直面したときでも、迷わずに選択肢を評価し、前進する力を得ることができます。イノベーションでは、目先の利益にとらわれず、長期的かつ持続可能な価値を創出するビジョンが不可欠です。
大切なことは「自分にとって」「チームにとって」「自社にとって」のノーブルゴールとはなんだろうか?を定め共有するだけでなく、考え続け必要に応じてアップデートし続ける事です。そのプロセスで自分自身との対話、チームとの対話、そしてステークホルダーとの対話が促進されることも、ノーブルゴールの追求の価値であるとも言えるでしょう。
(2) 意思決定の基盤
ノーブルゴールは、感情的な衝動や外的なプレッシャーに流されず、自分が本当に信じる道を選ぶための基盤となります。特にイノベーションでは、一般的な慣習や期待に反する大胆な意思決定を求められることが多く、ノーブルゴールがその拠り所となります。意思決定に活用できるからこそ、ノーブルゴールを役立てる事ができるのですが、そのためには、「今も役立っているか」の点検は重要です。環境や内的な変化は常に進行する可能性があるからです。
(3) モチベーションの持続
新規事業やイノベーションのプロセスは試行錯誤の連続であり、成果が出るまでに長い時間を要することもあります。このような状況で、ノーブルゴールは「なぜ自分はこれをしているのか」という根源的な問いに対する答えを提供し、継続的なモチベーションを保つ役割を果たします。ノーブルゴールの追求は自発的に行われ、「自分事」になっていることが必須です。外部から押し付けられた「ノーブルゴールっぽい文言」がモチベーションに繋がることはそう多くはないでしょう。
2. ノーブルゴールの追求がイノベーションに及ぼす影響
(1) 敢えて空気を読まない選択の重要性
ノーブルゴールを持つ人は、社会的な期待や既存の慣習に縛られることなく、自分の価値観や目標に基づいた行動を選択できます。イノベーションのプロセスでは、周囲に迎合し「空気を読む」ことで失敗を回避しようとすると、大胆な発想やリスクを伴う挑戦から遠ざかってしまい、逆に失敗に近づいてしまうことがあるでしょう。ノーブルゴールが明確であれば、「敢えて空気を読まない」選択を意図的に行い、新しい価値創造に挑む勇気を得られるのです。
(2) 多様性と共感のバランス
ノーブルゴールを追求することで、自分自身のアイデンティティや信念が強固になる一方で、他者との対話や共感を通じて、多様な視点を取り入れる柔軟性を持つことが可能です。このバランスこそが、イノベーションにおける創造性と実現可能性を高めるのです。周囲への共感と、自身のノーブルゴールを追求することの「バランスを取り続けること」は、宿命であるとも言えるでしょう。
(3) 個人と組織の調和
ノーブルゴールを持つリーダーは、組織全体においても同様の崇高な目標を掲げ、チームの結束を高めることができます。特にイノベーションでは、個人の創造性と組織の方向性が一致することで、大きな成果を生み出す可能性が高まります。そして、当然、それらは外部のステークホルダーや顧客に対しても同様に作用し、共感を得て信頼を勝ち取っていくことにもつながるでしょう。
3. ノーブルゴールの追求を実践するための要素
(1) 自己理解の深化
ノーブルゴールを明確にするためには、自分自身がどのような人間でありたいのかを基軸に、それをチームメンバー同士、社内外のステークホルダー同士で「響かせ合う」事が重要になります。どのような価値を「なぜ」提供したいのか?を深く理解することが必要です。これには、日々の経験や感情を振り返り、自分の信念や価値観を確認するプロセスが求められます。
(2) 感情と理性を行動に結びつける
ノーブルゴールは、感情だけでも理性だけでも形成されません。感情が示す直感や情熱を尊重しつつ、理性的にその妥当性や現実性を検証し、かつ具体的な行動に結びつけてから十分に内省をすることで、反復的に解像度が上がっていくものとなります。
(3) 実験的アプローチの活用
ノーブルゴールを実現するには、失敗を恐れずに挑戦を続けることが重要です。人に話してみること、低コストでまずは試してみることなど、ノーブルゴールに基づいた意思決定による試行錯誤を開始し、小さな成功体験を積み重ねることによって、より大きな目標が見えてくることもあるでしょう。この様な取り組みは、「エフェクチュエーション」としても知られている行動様式となります。
4. ノーブルゴールの追求が生むイノベーションの具体例
(1) 社会課題解決型のビジネス
SDG'sへの取り組みや、パーパス経営などに見られるように、多くの革新的な企業は、利益追求だけでなく、「持続可能な社会の実現」や「すべての人が健康に生きる権利を享受できる社会の実現」など、崇高なゴールを掲げています。このようなゴールが、社員やステークホルダーの行動指針となり、結果的に新しい価値を提供する原動力となりえるでしょう。
(2) 長期的視点での事業運営
短期的な利益にとらわれず、長期的に社会や顧客に価値を提供し続けることを目指す企業は、ノーブルゴールを基盤とした意思決定を行っています。これにより、目先の利益や短期的な業績のために将来を売り渡すことなく、イノベーションが持続的に生まれる仕組みを構築することができるのです。
5. 結論:ノーブルゴールの追求がもたらす未来
ノーブルゴールの追求は、個人や組織が感情と思考を統合し、不確実性の中で自信を持って行動するための基盤を提供します。特にイノベーションの分野では、この崇高な目標が、持続的な挑戦を支え、価値創造を加速させる重要な役割を果たします。
冒頭で、「ノーブルゴールの追求」はEQのコンピテンシーの一つであると申し上げました。私は新規事業開発やイノベーションの実践者、あるいは支援者として多くの経験を積む中で、このEQの発揮が成功に大きく関わることをに着目し、研究と実践を進めています。(参考記事:イノベーションと感情知能(EQ))
これまでも、今回取り上げる「共感力」以外の構成要素である、「感情リテラシー」と「自己パターンの認識」「結果を見すえた思考」「感情のナビゲート」「内発的なモチベーション」「楽観性の発揮」「共感力の活用」について、それぞれのイノベーションとの関係を考察してきました。
イノベーションとEQを語る際に、他のコンピテンシーを先に論じてきたうえで僭越ながら、どのコンピテンシーよりも先んじて「ノーブルゴールの追求」の開発が必要となることは抑えておく必要があるでしょう。
日本を代表する連続起業家のひとりでもある守屋実氏による「起業は意志が10割」という著書もある通り、あとから必要なスキルや行動はでてくるにしろ、最初はとにかく「意志」であるとしています。この意志が単なる「商品やサービスのローンチ」なのか、「ノーブルゴールの追求」に基づく共通善や社会の持続的発展に寄与するものなのかによって、ビジネスのスケールもそこに共感的に巻き込まれるであろう人々の質も量も、大きく変わってくることは想像できるのではないでしょうか。
特に、既存の安定事業をもつ大企業からの新規事業に取り組むのであれば(私もその一人です)、尚更、業界を大きく進化発展させるようなスケールの構想が必要となり、その源泉こそがまさに、このノーブルゴールの追求であると言えるのです。
今回ご紹介した「敢えて空気を読まない」スタンスや、選択肢や短期的な失敗を恐れない態度を持つこと、ノーブルゴールに従って意思決定を行い、それを振り返ることなどが、すべてノーブルゴールに向かうための大切な一歩です。このような姿勢を日々実践することで、個人や組織はより強靭かつ柔軟に未来を切り拓いていくことができるでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました!!
◆◆YouTubeでも情報発信をしております。
是非御覧ください!!
