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わたしも、生きねば

また心療内科に行ったほうがいいのかなあと思いはじめた。やっぱりこう、明確な理由もないのに頻繁にふっと死にたいと思ったりとか、産後の症状としてはありふれてるにしても、確実に正常な状態ではないよなと思って。産後のホルモンが落ち着くまで待とうと思って半年がまんして、でもまあまあしんどいな、どうすんべえとさいきん思うようになった。

ここまで渋っているのは、ひとえに、雑なしょうもない医者に当たりたくないという願望があるからです。とかく病院ってのは相性が大切と思いますが、心療内科はその最たるものと思います。なんせ、症状が数値やらレントゲンやらに出ない。検査もあるけど、基本的にこっちサイドの話を医者にわかってもらえるかどうかがすべてなので、俗にいう1分診療的な、ベルトコンベア式杓子定規診察を是とする医者にあたると、ただでさえクシャクシャなメンタルをさらにズタズタにされるわけです。
で、残念ながらわたしはまだこのタイプの医者にしか遭遇したことがないので、新しい病院に行くのが非常に勇気がいるんですね。ひとことでいうと、傷つきたくないだけです。ぐだぐだとすみませんね。

上司と先輩からのパワハラで苦しんでいた数年前、とある心療内科に初診の予約を取ろうと勇気を振り絞って電話を掛けたんですね。そしたら受付と思しき女性に「症状は?」と訊かれたんですよ。まさか予約の電話でそんなことを訊かれるとは思わず、回らない頭で、「眠れなくて……」と絞り出したら、「それだけ?」と呆れ声で言われ、時間内だったにもかかわらず、「今忙しいから、本当に予約したいなら○○時にまた掛けてください」と一方的に切られたことがありましたね(もちろん掛け直さなかった)。

まあこの病院は論外だけれども、通常は自分が受診するまで良い悪いの判断はつかないものです。だからここでくだまいてるひまがあったら、とりあえず家から通える範囲にあるGoogleマップの口コミ評価が高い心療内科に予約の電話を掛ければいい。でも日にち薬というか、そのうちなんとかなるんじゃないかなって、先延ばしにしたいと思ってしまうんですよね。知らない人に本音を話してよけい傷つくくらいなら、だましだましやっていけばいいんじゃないかって。

それで先崎学先生の実体験記である『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』を読んでると泣いちゃうんですけど。先崎先生のお兄さんは精神科医で、ほんとうに立派な、こんな人が主治医だったらいいなあと思うようなことを言われるんですね。「だいたい、一日に何十人の患者さんを診るだけでも大変なんだ。しかも精神科は患者がはなしてくれてなんぼだから、相手のいうことを全部聞かなくてはいけないんだ」……こんなふうに思ってくれる主治医だったら、患者はどんなに救われることか!

いちばん印象的だったのは、先崎先生が快方に向かっていく終盤での、お兄さんとの会話だった。

私が安定するにつけ、どんどん呑気になってゆく我々の会話だったが、そのうちに気が付いた。「自殺」ということばをなにげなく出すと、兄の顔がピクッと反応するのだ。会話の中になにげなく挟んだだけでも顔つきが変わる。そのことを問うと、兄はしみじみと語りだした。
「うつ病患者というのは、本当に簡単に死んでしまうんだ。それはよく分かるだろ」
(中略)
「修羅場をくぐったまともな精神科医というのは、自殺ということばを聞いただけでも身の毛が逆立つものなんだ。究極的にいえば、精神科医というのは患者を自殺させないというためだけにいるんだ」

先崎学『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間(文春文庫)』p.157〜158

精神科医という、非常にヘビーな仕事に長年真摯に従事している人がこう言ってくれただけで、わたしの希死念慮に蝕まれた心が救われる気がした。わたしは『3月のライオン』で先崎先生と出会ったクチだが、そのときから先崎先生の文章を読むのが楽しみだった。先崎先生を知らなければ、このエッセイを手に取ることはなかっただろう。たいへんつらい状況から回復され、この作品を上梓してくださったことに、心から感謝したい。

わたしも、生きねば。死にたくなっても、生きねば。

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