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noteが4th placeになりつつある話

こんにちは、みやこびとです。
またまた地元に帰る新幹線の中からお届けします。

え?先週も帰ってたよね?って思うよね。そうなんですよ、地元ラブなもんで・・・!(旅行じゃなくて今回は家族の用事!)

気合いが入りすぎて(というか新幹線の時間がたっぷりあるせいで)
凄まじく長文になってしまったのですが、ぜひ最後までお読みいただけると嬉しいです。

***

さて突然ですが、人にはだいたい3つの居場所があると言われています。
みなさんは意識したことはあるでしょうか。

第1の場所……家庭、家(プライベートな空間)
第2の場所……学校、あるいは職場(フォーマル、公的な空間)

しかし、家と学校、職場とを往復するだけの人生は、ちょっと味気ないかもしれません。そのような社会、生き方に対して、1980年代にアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが著書『サードプレイス』で提唱したのが、第3の場所を意味するサードプレイスの重要性でした。

(中略)

第3の場所であるサードプレイスを、プライベートとフォーマルの中間にある地域コミュニティーと位置づけています。

一言でいえば「リラックスできる居心地のいい場所」とも言えそうです。

study LABOさんの記事より

よく言われるのが、自宅や職場、学校以外に、自分の居場所であるサードプレイスを持つと、日々の生活に良い影響があるということ。

これは多くの方にとっても、非常に馴染みのある考え方であり、よく分かる感覚かもしれない。

なんか、家でも会社でもない、ホッと一息つける場所って大事だよね。

読んでくださっているあなたにとっての、「サードプレイス」は一体どこでしょうか。

そして、わたしにとってはどこだろう。

・大好きな山々←
・直接会ったことのある友人たちと過ごす時間
・山登りで出会ったメンバーとのアウトドアタイム
・ムサビの大学院の社会人同級生たち
(学校だったけど、体感的には公的な機関っていう印象よりは、大人になってからたくさんの友人と同志が出来たホームって感じかも)
・地元だけど大人になってから知った大好きなエリア
などなど?

みやこびとのサードプレイスと思える場所や時間を書き出す

こうやって書き出すと、「サードプレイス」って「プレイス」って入ってるけど全然場所に限られてなくない?!

気のおけない友人たちとは、どんな場所だろうが賑やかにおしゃべりできるし、場所に行くってよりは、みんなが集まってる時間そのものがサードプレイス的立ち位置になっている気がする。

サードプレイスがあることで、以下のような効果があると言われている。

・自分らしさを体現でき、ストレスや精神的不安が軽減され、生活に潤いを与える
・共通の関心を持つ仲間に囲まれ、心を通わせることで、疎外感や孤独感を覚えにくくなる
・新しい価値観や人とのつながりを得ることができる
・市民活動が活発になり、文化や心の豊かさが生まれる

ideas for goodの記事「サードプレイスとは」より

要は、物理的な場所性ではなく、どちらかというと精神世界の場所性の側面が強く、重要なようだ。

しかしながら、昨日も日経ビジネスに、下記のような現在社会の課題浮き彫りなタイトルの記事が掲載されていたように、みんながそんな簡単に居場所を見つけられているわけではなさそうだ。

決定打となったのが2023年5月に米国の公衆衛生政策を統括する米保健福祉省(HHS)のヴィヴェク・マーシー医務総監がまとめた80ページ超の勧告だ。「孤独と孤立のまん延(Our Epidemic of Loneliness and Isolation)」と題した勧告は孤独・孤立について「たばこを1日15本吸うのと同じぐらい危険」と指摘し、公衆衛生の危機として対処する必要性を論じた。

実際、勧告が示すデータは強烈だ。慢性的な孤独や社会的な孤立は高齢者の認知症の発症リスクを約50%高める可能性があり、子どもや青少年ではうつ病になりやすくなるという。経済損失についても指摘しており、米国では孤独に伴うストレスを原因とする欠勤が「雇用主に年間1540億ドル(約23兆円)の損失をもたらしている」と見る。孤独・孤立を要因とする若者の学業成績の低下や高齢者の医療費増加を含めると、社会の損失額はさらに膨らむ。

日経ビジネス「米国人の1割「親しい友人いない」 広がる孤独のワケは」より

これはアメリカのデータかもしれないが、全然日本だって他人事じゃないと思う。

SNSが広がってメリットを享受している人が大勢いる一方、どうしても馴染めなかったり、SNSありきの人付き合いに疲れてしまう人だっているだろう。

(ビジネス陽キャを自認するわたしですら、数ヶ月に一度何もかものSNSからふと離れたくなって、わざわざ電波から断絶されるために山登りに出かけちゃうこともあるもんね。まあ単なる山好きではあるんだけども)

SNSがあるおかげなのか、そのせいなのか、わたしたちは常時接続されている日常にあまりにも馴染んで生きてしまっている。

2年弱、狂ったように山に登ってて、嫌というほど一人の時間を過ごしたけれど、「日常の延長で、たまにはあえて孤独の時間を持つ」ことは結構重要だと思いますけどね。

***

と言いつつ、今日述べたいのはわたしにとってのnoteの存在が日に日に大きくなってきているということ。(結局はオンラインの話かーい、って思った?)

何気なく参加を決めた#66日ライラン(66日間みんなでnoteの連続投稿を頑張り合う優しいコミュニティ)だったけど、きっかけはまつむらnoteさんのこの記事を読んだことだった。

その頃のわたしは、「ふええ、たまには筆を取ってみよかな〜」くらいの激ゆるテンションで、細々かつ不定期すぎる頻度で、そして長々と時間をかけて1つあたりのnoteを書いていた。

noteを書くことを全然日常にできてなくて、むしろ「頑張って数時間かけて一気に仕上げる」というハッスル型の執筆だった。

続くわけがねえ。

文章書くのは好きなのにな〜、なんか続けられないなあ〜ってぼんやり悩んでいた6月上旬、上記のまつむらnoteさんの「【毎日投稿】書き続けることでなにが変わったか―66日ライラン完走」をたまたま拝読する機会に恵まれた。

上記noteの目次より。目から鱗どころか魚落ちた←

ええええええ、66日間連続で書くことって、人生まで変えちゃうの?!

興味を持つしかありません。

でも残念ながらそのタイミングは、まさに初回のライランが終わったタイミング。そんなすぐに次回もやるかわからなかったし、なんせそもそも1回きりの企画なのかもしれなかった。

「あ〜〜、こんな素敵な企画あったなら参加してみたかったな」と思っていた矢先、主催者のヤス(ウエダヤスシ)さんがなんと、第2回ライランの告知をしてくださったではありませんか!!!

結果的に応募締め切りの23時過ぎに駆け込み挙手をすることになってしまったけど、「こ、これで憧れのライランのスタート地点に立てた!」って感動は大きかった。

参加するにはちゃんと目標を決めよう!と思い、参加前後で自分がどう変われたかを記録に残し、そして宣言して「あきらめちゃうという退路を断つ」(?)ためにも、スタート前日に勢いに任せて決意表明もできた。

今日で17日目(!)になるわけだけど、すでに良いことしかなくて、何が言いたいかというと、わたしにとってnoteはサードプレイスっていうよりは、なんかゆるーく各自の思想が優しく溶け合い、認め合える4th place的な存在になってきているわけです。(これもサードプレイスというのかもしれないけど、わたしの中ではまた別格の存在なのであえて分けさせてください)

なかでも発狂したのが、このライランに参加するきっかけをくださったまつむらnoteさんが、わたしの狂いまくった百名山チャレンジの記事に目を止めてくださり、なんとこの記事を題材にとても素敵な文章を書いてくれたこと。通知来たとき、心臓止まりかけた。

この記事を読みながら、わたしが思ったことは、なにかに狂えるほどのめりこめるってすごくいいなということです。そもそも、狂えるほどのなにかがあること自体が素晴らしいと思いませんか。

記録を読ませてもらっているだけで、こっちまで心が躍動してきます。みやこびとさんの熱情の余韻が、文字からだけでも感じられるんです。わたしですらそうなんだから、当時のご本人の心の熱は、いかほどのものだったのでしょうね。

きっと、完登を目指して「狂っていた」期間は、後から振り返ったときに、輝きを放った記憶になっているんじゃないかな。

人生、いろんなことが起きます。いつだってその気になればなんでもできると信じたいけれど、どうしても条件がそろわないときだってあります。

だから、狂えるときに狂っておくのが正解です。どうせなら、思いっきり狂っちゃうのがいい。手を抜いたりせずに。

上記noteより。ありがとうございます以外の言葉が出ません。本当に本当にありがとうございます

自分の既存コミュニティ以外の方から、こんなふうに言っていただけるなんて。そんな幸せなことあるんか・・・。

日々の仕事に追いかけ回されてると、全然自分のやりたいことに思ったように時間を回せなくて「百名山チャレンジの雑誌とか個展とか、誰が見たいねん、独りよがりなことちゃうんか」とネガティブになってしまうこともあるのですが、

こうやってnoteがきっかけで、わたしのチャレンジを知ってくださった方からエンパワメントな文章を寄せていただけるなんて、なんて幸せなのだろうか。

自分のために頑張ろうと思って始めたことだけど、こうやって励ましてもらえることは、また一段違う嬉しさがあることを知りました。

まつむらnoteさん、本当に本当にありがとうございました。
note、引き続き楽しく拝読させていただきます!

***

まだまだライランは折り返し地点にも程遠くて始まったばかりなのだけど、残り49日間、新たな出会いも含めてすっごく楽しみです。

みんなが思い思いに日々感じていることを読ませていただけるのも、すごーく贅沢なこと。やっぱり自分の80点でも誰かにとっては100点の気付きになりうる。ちゃんと書き上げて、発信することって本当に大事ですな。

読んでくださっている方々、いつも本当にありがとうございます。
ライラン参加者の皆さま、夏休み最終日の8/31まで、完走目指してみんなで頑張りましょう!

遠くに行きたければ、みんなで行くのが良いね!


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みやこ⛰️🇦🇺|息子と夫と山登りをこよなく愛するお絵描きおかん 育児に奮闘しながら、日々思ったことを頑張って書き残します!いただいたチップは育児の合間の美味しいコーヒー代にします!☕️

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