全てから失踪したくなることもあるけど、そんなときこそノートを開いてペンを持とう
朝から、驚く出来事があった。
しかし、動揺している暇もなく、朝の打ち合わせ資料を仕上げているうちに、なぜかそのどよめいた心もさーって冷静になっていった。我ながら怖い。
それでも浮かんでくる朝の動揺が、じわじわと体温を帯びて再び身体を駆けめぐる。今日はいろんなことを考える日だった。
ただ、今日何をしていたかと言えば、たいしたことは何もしていない。
かかりつけの病院に行き、お昼を食べて、着物の着付けレッスンに参加し(ようやく先生から70点もらえた、笑)、カフェで少し自分の考えをノートにまとめて、サブスクで楽しんでいる日比谷花壇のお花を帰り際に一輪お持ち帰りして、着物を家に置いた後にスーパーに夜ご飯の食材を買いに行き、ばったり友人とお子さんに会えて嬉しくて、前に自炊に関する日記を書いているくせに、簡単すぎる自炊を数億年ぶりに頑張って、お腹を満たした。
そして今から、来月に始まる担当展示の現場確認の立ち会いをするため、珍しくこんな時間に仕事先(というか展示場所)に向かう電車に乗っている。
あんまり仕事仲間には公言してないけど、毎週水曜は仕事をなるべく入れない自分の時間を過ごすようにしている(追い込まれてるとバッチリ仕事してるけど)
まあ、こんなイレギュラーな夜も年1回くらいならあってもよいだろう。
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さて、わたしはもともとメモ魔であり、それがこうじてグラフィックレコーディングをスキルとして磨き、独立するきっかけになったのだけど、
子どもたち、そして大人向けにも偉そうに「ノートをつければ人生が変わる!」と声高に叫び続け、たまに小学校〜高校、はたまた企業の研修まで幅広く授業や講座を受け持つこともある。
でも、ノートを取ることに人生を変えうる力があるってのは、まじでほんとだと思う。
自由奔放に生きている自覚しかないけど、ノートを書いて眺めたおかげで実現できたことは非常に多い。
昨日、今日と心がモヤつく(しかし、ネガティブな話ではない)ことがあり、居ても立っても居られなくなると、私はおもむろにモレスキンのMyノートをパッと開き、一気に考えていることを書き出す時間をとった。
人によっては、このnoteがそういう自分の感情の整理や記録を兼ねているのかもしれない。
でも、どうしても公開する前提では書ききれないことも、けっこうあるのでは、とわたしは思っている。
そんなとき、見てくれも文字の汚さも支離滅裂さも誰も気にしない、自由にただペンを走らせることが出来る紙のノートの存在は、わたしにとってめちゃくちゃ大きく、気持ち良い存在なのだ。
PCに打ち込むのではなく、自分の手で、ペンを握って文字を走らせていく。それでしか解消されない感情がある気がする。

とある研究で、同じ話を聞いてもらう際、パソコンでメモをとるチームと手書きで紙にメモを取るチーム、2グループに分けて実験をしたところ、その内容をより多く、かつ正確に記憶しているのは、紙でメモを取るチームだったそう。
とっさにメモを取りたい時、わたしもついiPhoneのメモ帳に書いちゃうことは多いのだけど、正確に長時間記憶に残したいものに関しては、やっぱり紙のノートがいいなあと思ってしまう。
ということをnoteに書くという柔らかな矛盾。笑
いずれにせよ!
良い話でも悪い話でも、自分の気持ちが追いつかないこと、全てから失踪したくなる瞬間ってたまにあるよな。今日はまさにそうだった。しかしながら、この葛藤はしばらく続きそう。
そんなときこそ、一瞬でも逃げるべきなのは、ネットサーフィンとかインスタのストーリー閲覧ではない!自分の紙のノートの中だ!
いつかnoteに書きたいネタを書き溜める、くらいのテンションで、引き続き紙のノートに盛大に書き散らかしていこうと思います。
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