マミートラックに疲れてエンジニアを諦めた話
マミートラックというワードを聞いたことがありますか?
産休や育休の取得がきっかけとなり、いわゆる出世コースから外れ、キャリアの停滞を招いてしまうことがあります。このような現象を「マミートラック」といい、女性活躍を推進するうえで大きな障害となり得ます。
私が新卒で入社したのは、現在でも社員が10,000人以上いる建設系の会社。
電気電子工学科を専攻していたので、電気制御設計エンジニアとして入社します。
建設業界は長年男性社会であったため、同じ仕事をする女性の先輩はゼロ。
つまり管理者側も、母となった女性社員の扱いが分かっていなかったのでしょう。
私は絵に描いたように、マミートラックにハマってしまいました。
「俺の手伝い的なポジションで復帰して」意味が分からなかった1回目の育休復帰
「宮田さんがやりたいことをできないんじゃないかって。それだけが不安や。あなたはバリバリ仕事したい人やから」
育休復帰前の面談で、当時の部長は私にこう言いました。
この言葉の意味も分からずに、私は1回目の育休復帰を果たします。
面談をしてくれた部長はすぐに昇進してしまい、Tさんが部長後任になりました。
部内はすぐにグループ再編成され、私はなぜか宙ぶらりんなポジションに。
「俺の手伝いみたいな感じで、ヨロシク!」とT部長。
よく分からないまま仕事を受けますが、事務的なものばかりでした。

「エンジニアとしての業務がしたいんですが……」
言った瞬間、T部長の表情が固まりました。
「子どもの熱でいつ休むか分からんやん?」
返ってきた言葉は、管理職としてのリスクに関する説明でした。
後輩に「仕事ない?」と案件のおこぼれをもらう日々
エンジニアとして何かしら案件に携わりたかった私。
しかし管理職に訴えても、案件はもらえませんでした。
自分で動かねばと思い、部長に了承を得たうえで、後輩から仕事をもらうことにします。
後輩はプロジェクトリーダーのような立ち位置。
一方で私はその下で、一部の制御ソフトを設計します。
先輩としてはありえない姿かもしれません。
それでもよかったんです。エンジニアとして案件に携われるのなら。

「もし休んで仕事が止まったら、後輩に迷惑をかけてしまう!」
そう思った私は、会社のNAS(※)に毎日退勤前にデータを入れます。
さらにリストも作り、終わった業務がすぐ分かる状態に。
案件のおこぼれでも、エンジニアとして業務できて嬉しくなりました。
※NASとは、社内の人間がアクセスできる大きなHDDのイメージ。
しかし後輩からもらえる仕事も、常に発生するわけではありません。
部長から頼まれる仕事もしながら、声のかけやすい後輩に「仕事ない?」と聞いていました。
ちなみに1人目の子どもは非常に身体が強かったため、部長がリスクというほど休みませんでした。
午前中は夫出勤・午後は私が出勤!コロナ禍を乗り越えた2回目の育休復帰
2人目の妊娠から産後は、コロナ真っ只中でした。
保育園も「解熱後24時間経たないと預かりません」というルールに。
つまりお迎え要請が来れば、翌日も欠勤が確定します。

弱い方ではないけど、長女ほど身体が強くなかった次女。
寒い時期の育休復帰だったため、何度も「熱が37.5℃を超えたので」と、呼び出しの電話が。
パソコンを閉じ、席を立つたび、私のキャリアも少しずつ遠のいていく気がしました。
すぐ休むと思われてしまう、と危機感を抱きます。
「これは一人で抱えられる状況じゃないかも」
次第にこの思いが芽生え、思い切って同じ会社で働いている夫にお願いし、午前と午後で出勤を分けました。
ありがたいことに、昼休みでバトンタッチできる距離。
午前中のうちに通院・家事を一気に終わらせ、午後は会社に行き残業して仕事します。
家の玄関でお互いすれ違う瞬間、私たちはまさに戦友のようでした。

(実両親も義母も飛行機の距離で、頼れる親戚はゼロ。)
それでも、長女を妊娠する前のように案件は完全に任せてもらえませんでした。
マミートラックからはまだ逃れられません。
「母であることは誇りなのに、社会の中ではなぜかリスキーな存在だな。仕事も育児も全力でさせてもらえないのかな」
通勤中の車の中で、毎日ぐるぐる考えていました。
女性の輪に揉まれ疲弊。「もう辞めよ」と心が折れた
2回目の育休復帰後、1年も経たずに、エンジニアとしての夢は崩れ落ちます。
部長から頼まれる仕事は、部署内外の事務員さんとのやり取りも多くありました。
まさに女性の輪。
今まで男社会で生きてきた私は、疲弊しました。
噂では聞いていた「お局」のような存在や、繰り広げられる小さな噂話。
人付き合いが得意ではない私は、ここで心がぽっきり折れました。

「エンジニアの仕事も満足にできない。もう正社員にしがみつく必要はないんじゃないかな」
マミートラックに耐えられず。3回目は育休取得すら諦め退職
3人目の妊娠中、上司に退職を宣言しました。
「今は妊娠中で考えられないだけだから」と言われますが、私の意志は産んでも変わりません。
育休取得後に考えても、とアドバイスも貰いましたが断りました。
辞めると決めているのに、育休は取れないと判断したからです。
辞める前に会社へ出向き、荷物を整理しました。
もともと辞めるつもりで産前から荷物を減らしていたので、大した量はなく、ちょっと安心したのを覚えています。

それでも私は建設業界のために働きたい
マミートラックは乗り越えられず、私はエンジニアを諦めました。
でも建設業界と関わりたい思いは、今も消えていません。
この業界は今、人手不足に直面しています。
人を雇うだけではなく、ライフステージが変わっても働き続けられる構造が必要です。
育児だけではなく、介護や病気でも、働き続けたいと思う人はたくさんいます。
母になった社員は、責任感を失ったわけではありません。
「できない」と決めつけるより、「どうすればできるか」を一緒に考える―。
その積み重ねが、業界を強くします。
私は、当事者としてその仕組みづくりに関わり、人が辞めない現場をつくっていきたい!
女性雇用や離職に悩んでいる建設業界の人がいましたら、ご連絡お待ちしております。


▼第一歩として「電気工事業」に取材いたしました!
▼この記事を書いた人

