文字を持たなかった昭和 百四十五(お盆、その五)

 今日は8月15日、正午に合わせて黙祷した。そしてお盆は今日で終わり、送り火代わりの小さなろうそくをベランダに灯した。
 
 母ミヨ子たちのお盆の習慣について続ける。

 お盆のために、ミヨ子ら女衆が室内の掃除や料理を用意するのに対して、父二夫(つぎお)は外周りの準備をした。掃除や、ふだん片づけきれていない農具などの片づけである。

 「八十一(屋敷)」で触れたように、舅の吉太郎が一代でお金を貯めて買った庭・畑つきの屋敷はかなり広かった。表側の門から裏口側まで庭を掃くだけで大人でも15分くらいかかった。草むしりしたりすれば小一時間だ。庭には様々な樹木――実がなるもの、ならないもの、風よけ、目隠し用などなど――が植えられていたため、落ち葉の量もはんぱではない。

 お盆の前には二夫が草をむしりつつ、手製の庭帚を持って掃き目が揃うように気をつけ乍ら、きれいに掃きあげた。庭を掃くくらいは子供たちでも手伝えたが、二夫のようにまっすぐきれいな掃き目にならないのは不思議だった。

 庭掃除ついでに、ふだん手入れの行き届かない樹木の枝を落としたりもした。これに至っては完全な力仕事で、二夫しかできなかった。

 お墓の掃除と花の取替も二夫の仕事だった。家から15分ほど歩いた丘の上にある墓地に行って、お墓の周辺をきれいにしておくのだ。ついでに線香を上げたが、これは墓参りではなくあくまで掃除で、後述するように墓参りは夕方になってから行うものだった。

 こうして家の中も外もお墓もすべて支度ができた8月13日の夕方。

 床の間の前に移した燭台と座敷の灯籠に火を灯し、ご先祖様をお迎えする。よく言われる「迎え火」のような習慣はなかった。一息ついたら「百四十二(お盆、その二)」に書いたような集落の墓地へお参りするのだ。

 ミヨ子たちの一族の墓地は、家から20分ほど上った丘の上にあった。人一人通れるくらいの道の途中には畑や林があり、畑のあぜ道に生えた萱のような草で手足を切ることもあり、林の中を通るとき子供心には心細い感じもした。ただしお盆の前には、墓地を共有する人たちが共同で草刈りや道の整備をしたので、お盆の間の通行は支障なかった。

 墓地には20~30基ほどの墓石があった。昭和40年代までは土葬が主流で、「〇〇家の墓」という立派な墓石より、一人ずつの墓石が多かった。ミヨ子の家の場合、いずれ家族が入る大きな墓を建てるつもりで、昭和45(1970)年に亡くなり土葬で埋葬した舅の吉太郎の墓も、名前や戒名を墨で書いた木の柱を建てたままになっていた。吉太郎の墓の横には、二人の名前が彫られた小さな墓石があった。これは、お産で亡くなった吉太郎の先妻と、なんとか生まれたものの飲む乳がなくて、母親のあとを追うように死んだ赤ん坊の墓だった。

 墓地には、初盆を迎えたお宅の提灯が下げられ、暮れつつある空の下でやわらかい光を放っていた。ここでは自分の家の墓ばかりでなく、親族の他の墓や、直接血縁のないお宅の墓にも、順番にお参りした。二夫は子供たちにもお線香を持たせ、誰のお墓かをひとつずつ説明しながらお線香を上げた。子供たちは毎年同じような説明を聞くのだが、ふだんから行き来のある親戚やご近所ならイメージできるものの、「じいさんの父ちゃん」「そのいとこ」ぐらいになるとピンと来なかった。それでも心をこめて手を合わせた。

 お墓を一巡するのにはお線香もたくさん必要だった。太いろうそくとお線香を持参し、風をよけられる場所に立てたろうそくからお線香に火をつけた。だいたいは二夫がやってくれたが、真似をして火をつけようとすると、線香束が勢いよく燃えだして往生することもあった。わが家のお墓には線香を多めに、血縁が近いお宅のお墓には適宜、遠いお宅のお墓には1本ずつ上げて回った。

 墓地は家から近いこともあり、ふだんでも掃除やお花を替えがてらお参りすることはあったが――なにぶん地面を掘って墓石を置いただけの墓地で、放っておくと雑草が生い茂る――お盆に行くと、親族や近隣の人たちの多くと一度に会えた。「よそ(都会)」に働きに行っているという「おじさん」「おにいさん」や彼らの「よそでもらったお嫁さん」や「よそで生まれた子供」にも会えた。そうして、近況を尋ね合ったり、共通の知人の消息を交換しあったりするのも、お盆の墓参りならではだった。

 ただ、墓地のすぐ裏手の丘の斜面は籔でやぶ蚊に悩まされるのには困った。気の利いたお宅はお線香以外に蚊取り線香を持参して燻してもいたが、広い屋外では効果に限界があった。ひととおりお線香をあげ終わると、三々五々帰宅した。初盆のお宅の提灯棚の提灯は、翌日雨の予報がない限り墓地に置いたままだった。もちろんろうそくの火は消してから帰った。

 家に帰るとまた床の間の香炉に線香を上げてご先祖様に「ただいま」を言う。ご先祖様は帰って来てるというけど、家とお墓、いったいどっちにいるんだろう? 子供だったわたしは、混乱した。

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