文字を持たなかった昭和 三(「文字を持たなかった」について)
母は、自分の意見や経験をあまり語らなかった、と書いた。母が文字を書く姿もほとんど見たことがない。おいおい書いていくつもりだが、その生い立ちや成人してからの生活の中で、文章やそれに近いものを読み書きする機会も必要もなく、母にとって文字そのものが身近ではなかったのだと思われる。
国中が落ち着かなかった時代に受けた、義務教育程度の学歴ではあったが、母はもちろん文盲ではない。しかし、家庭に届く役所からの通知や学校から持ち帰るお知らせの類は、まず父が読み、必要なことだけを母に伝えた。そもそも対外的な窓口はおよそ全て父だった(ここでも父が「絶対」なのだ)。
珍しく母が何か書いていると思って覗いたら、買い物のメモであることが多かった。それもカタカナが多く、漢字はほとんどなかった(※1)。読み書きがけっこう得意な子供だったわたしは、カタコトのような母のメモを内心小馬鹿にしていたと思う。戦中までの初等教育はまずカタカナで始まったことを知らず、母にとっていちばん馴染みの深い文字がカタカナであろうことを想像もせずに。
※1 このエピソードはいずれ改めて書きたい。
