最近のミヨ子さん 介護施設入所後、その四
(その三より続く)
7月28日(日)鹿児島に帰った。
南国特有の強い日差し、日陰に入るとすっとするこの温度差。帰ってきた。と感じる。
さて、前回のお嫁さん(義姉)の連絡では、28日(日)に抗体検査の結果がわかるとのことだったので、期待していたのだが。
お嫁さんのちょっとした勘違いで、結果は翌29日の午後、面会に行って初めて知らされるとわかり脱力した。が、やむを得ない。
日曜日ということもあり、この日の夕食はカズアキさん(兄)たちとゆっくり食卓を囲む。話題の中心はミヨ子さん(母)のこと、と言いたいところだが、それはひととおりで終わり、みんなオリンピックの番組に釘付け。
勢い込んで乗り込んできたほうとしては拍子抜けという図である。しかし、生活ってこういうもの、という気もする。
7月29日(日) 午後、お嫁さんの車で鹿児島市立病院へ行く。
この日も暑い(最高気温36.5℃)。駐車場から数十メートル歩く間に照りつけられただけで、入口の体温計測器が赤い数字で37.8℃を告げた(もちろん体調不良ではなく、帰るときは平熱だった)。
新型コロナは拡大しているものの、ここは入院患者との面会を一律制限してはいない。受付でお嫁さんが面会申込書に代表して記入したら、名前と体温は二人分記入するように言われた。
ここで、この患者さんは面会できません、と言われなかったということは、ミヨ子さんのコロナの抗体検査は陰性ということだろう。大きな関門をクリアした!
ただし病室での面会はできず、廊下にベッドが運ばれてくる。待合室でしばらく待つことしばし。呼ばれて行くと、ベッドはナースステーションの前の廊下に置かれていた。面会担当の人が「(患者は)マスクをしてないから、距離をとって話してください」と告げる。
ミヨ子さんは、これまで見たことがないくらい痩せて小さくなっている。いや、率直に言えば、わたしがこれまでの人生で、その人の最期に立ち合ったお年寄りたちと同じようにも見える。つまり、このまま目を閉じていつ向こう側に行ってもおかしくない、かのような。
「お母さん、二三四だよ」と声をかけるが、耳元で、というわけにいかない。こちらを見てはいるものの、誰なのか、そもそもどんな状況なのか、わかっていないように見える。そして、すぐに目を閉じようとする。
思わず肩をさすると、「眠っか(ねっか)」(眠たい)と小さな声で、しかしはっきりとミヨ子さんは言った。感覚を伝えられるまで回復したとも言える。わたしが「欲も得もなかなあ」(鹿児島弁で、とにかく眠いときにつける枕詞)と応ずると、ミヨ子さんは頷いた。
痩せさらばえているミヨ子さんだが、お嫁さんは「前よりしっかりしてきたね。点滴の管も取れてるし」と言う。なるほど、前に送ってもらった画像と違い点滴の管に繋がれていない。
「ご飯は食べた?」と聞くと「食べた。朝、昼……」とこれまたしっかりと答えが帰ってきた。お嫁さんは「たくさん食べてね。食べると元気になるから」。あとでお嫁さん曰く「お母さんは素直だから、食べて、と言うと食べるはずよ」。
10分という面会時間は瞬く間に過ぎた。たいした会話はしてないし、目の前にいる人が誰なのかも分かってはいない様子で、遠方から駆け付けた娘としては残念でもあったが、面会でき、直接言葉を交わせたことは何よりもよかった。大きな前進だ。
面会後担当の看護師さんと話をさせてもらう。状態は安定しており、食事もかなり摂れている。点滴は抗生剤だけになった。何かあれば医師から連絡が行く。等など。お嫁さんはオムツが足りているか気にしていたが、これも十分あります、との答えだった。
病院を出て、お嫁さんと二人近くのファストフードでお茶をした。お嫁さんは、きっと良くなって、再来週の初めくらいには退院し、地元の病院に転院するんじゃないか、と見立てていた。わたしは、そんなにすんなりいくだろうか、高齢者はいつどんなことで状況が激変するかわからないから、というようなことを、身近な人の複数の例を挙げて話す。しかしもちろん、順調に回復してほしい気持ちは、二人とも同じだ。
(その五に続く)
