最近のミヨ子さん 介護施設入所後、その五
(その四より続く)
7月29日(月) 「その四」で述べたとおり、鹿児島市立病院に緊急入院中のミヨ子さん(母)を、お嫁さん(義姉)といっしょにお見舞いに行った。
お嫁さんと別れたあと用事と夕食をすませて、実家なきあと「帰省」先となっているカズアキさん(兄)宅へ帰り、シャワーを浴びて出てきたところで、お嫁さんが「病院の先生からカズアキさんに連絡があったよ」。
病院からの連絡はたいてい病状が悪化したときだ。緊張してカズアキさんの言葉を待つと、メモを見ながら話してくれた。
「腎機能の血液検査の数値は良くなっているので、転院について(最初に送り出してきた)地元の病院と調整を始めます。順調にいけば今週末に転院の予定です」
びっくりである。市立病院での入院は最低2週間と言われていたのだから、1週間の繰り上げだ。
ただお嫁さんの予想では、退院手続きは土日にはしないから、転院は来週早々じゃないか、とのこと。
ともあれめでたい。ミヨ子さんの生命力には脱帽だ。もちろん医療関係者の皆さんの尽力があってこそだが。
でも、わたしとしては、短時間ながら面会ができるこの病院から地元の病院に転院したら面会ができなくなるのでは、ということも気がかりだ。元々今回の帰省も、転院のタイミングでなければミヨ子さんに会う機会がないかもしれない、という思いから急遽決めたものだ。
まあ、あまりいろいろ考えてもしかたがない。状況に合わせて判断し、できることをするしかないのだ。
7月30日(火) 昼過ぎ。 ミヨ子さんのところへ面会へ行くべく、着替えて化粧を半分くらいしていたところ。
午前中から外出していたお嫁さんが帰宅して開口一番。
「間に合った。まだ出かけてなかったね」
なんでも病院からまたまた連絡があり、ミヨ子さんの病室に新たに入院してきた患者さんが新型コロナに感染していたので、ミヨ子さんも当面面会できない、とのこと。
がっくり、である。
これで東京に戻るまで、ミヨ子さんと毎日どころか「せめてもう一度」でも会える可能性はなくなった。
元々帰省の計画を立てた時点では会えるかどうかもわからなかったわけだから、ひと目会えただけでも御の字かもしれない。が、次の日もその翌日も会えるはずだったのに、と恨みに思ってしまうのは、人の情として当然であろう。
ミヨ子さんは直近の新型コロナ抗体検査で陰性になったのだから、面会制限せずともよかろうに、と思うが病院の規則だから仕方がない。一応回復基調には乗ってるようだから、このまま確実に治して、体力もつけてくれることを祈るしかない。
それにしても、何もできないなあ。これが、老いた親に接するということなのだろうか。だとしたらあまりに切ない。
(その六に続く)
