最近のミヨ子さん 介護施設入所後、その十一

その十より続く)
 今年の6月末介護施設に入所、その直後新型コロナに感染したあとの尿路感染と腎機能低下のため、7月18日に鹿児島市立病院に緊急搬送されたミヨ子さん(母)。状態が安定してきたとの判断で、地元というか施設入居まで同居していた息子・カズアキさん(兄)宅からほど近い、地域の病院に8月8日ようやく転院してきた――ということを、「その十」までに述べた。いろいろなことへの対策として転院後しばらくは身体拘束されるらしいことも。

 拘束とはつまり、体をベッドに固定され手足も動かないようにされるということだ。拘束の理由として病院側は、(脱水症状対策としての)点滴をミヨ子さんが外そうとすることがあったり、おむつを脱ごうとしたりすること、譫妄(幻覚、幻聴等)により動き回らないように、といったことへの対策だと説明しているらしい。

 ごもっとも。

 でも。とわたしは考えてしまう。点滴を外そうとするのは、鬱陶しく感じるからではないのか。おむつを脱いだり、動き回ったりしては、衛生面や他の患者への影響も含めて病院側の管理が大変、という側面もあるだろう。

 そもそも口から水分を十分に摂れないから脱水症状に陥っている。自力で水分を摂取できない時点で、ミヨ子さんは生命維持が難しくなっていると言えるのではないのだろうか。

 ミヨ子さんはじつは――点滴で水分や栄養を補給していなければ――自力では命を維持できないレベルに達しているのではないだろうか。「回復」の可能性があり、それを探るためとは言え、「管理」が行き届いた、しかし家族の声など届きようがない病院で、点滴で命を延ばして「様子を見る」ことは正しいのだろうか。おそらく(現代日本の)医療的には正しい、というより病院とは「治療するところ」だから、そうあるべきなのだろう。

 でも。「回復」しても寝たきりの生活を続けることにはならないのだろうか。ミヨ子さんはほんとうにそれを望んでいるのだろうか。点滴のチューブをつないで水分や栄養を補給していること自体、延命措置ではないのだろうか。

 ミヨ子さんが現役主婦のころに家で看取った舅や姑(祖父や祖母)は、晩年はそれぞれ寝たきりになったあと、やがて自力でご飯が食べられなくなり、水も飲めなくなり、静かに命の扉を閉じた〈271〉。その様子を、彼らの孫娘であるわたしも間近で見ていた。

 ミヨ子さんは舅たちのような終わり方を望んでいるのではないのだろうか。少なくともわたしは、そんな形で見送ってあげたい。いや、あげたかった。しかし施設に入所してから、すべての流れが変わってしまった。もう一度在宅での介護を検討するとしても、それはお嫁さん(義姉)に負担を「強いる」ことと同義であり、現実的ではない。

 小さな家(部屋)を借りて、そこにミヨ子さんを寝かせて、わたしが毎日お世話してあげたい。と想像することもある。しかしそれは実現可能性がほぼゼロの妄想に過ぎない。実の娘なのにできることがほとんどない。そのことが無念でならない。(その十二へ続く)

〈271〉ミヨ子さんが晩年の舅・姑をお世話したときの状況は、「文字を持たなかった昭和 382 介護(1)当時の状況①」から「404 介護(23) まとめ」で述べた。


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