文字を持たなかった昭和 三十四(舅)
新婚〈51〉のミヨ子にとって、家の中も家族もすべてが観察の対象であり、すべてに一日も早く慣れる必要があった。
中でも家長である舅の吉太郎にはいちばん気を遣ったが、反応がわからないのもこの人だった。口数が少ないので、何につけ気に障ったのか気に入ったのかがよくわからない。いつも怒っているようにも見えて、ミヨ子は吉太郎との会話を極力避けるようにしていた。
ひとつはっきりしているのは吉太郎が倹約家であるということだった〈52〉。ちょっとした額でも、現金収入はすべて自分で管理した。それがある程度貯まるとお札〈53〉に換えて、畳の下に挟んでおいた。公共料金の集金などがあると、妻のハルやミヨ子に「細かいのはないか」と訊いて払わせ、自分の手元の紙幣は決して崩さなかった。お札が貯まったらすべて貯金して、来たる不動産購入に備えた。
そのくらいでないと一代で田畑を買い広げることなどできないだろうが、家計を預かる身には厳しい毎日だった。
〈51〉昭和29(1954)年3月結婚。「三十二(結婚披露)」で述べた。
〈52〉吉太郎の倹約家ぶりについては何回か書いた。「二十八(縁談先)」、「三十(一人っ子)」、「三十二(結婚披露)」等。
〈53〉ミヨ子たちが結婚した当時、お札(B券)は50円、100円、500円、1000円の4種類があった。
《参考》
独立行政法人国立印刷局 - お札の歴史
独立行政法人国立印刷局 - お札の基本情報~過去に発行されたお札~
