文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 13) お惣菜、郷土菓子、そして豆腐
昭和5(1930)年生まれで介護施設入所中のミヨ子さん(母)の様子を見に帰省し、数時間ながら郷里へ連れて行ったお話である。入所後初めて施設(グループホーム)を訪ねて再会し、車椅子も車に積んでふるさとへ向かう。寄り道が祟ってお目当ての海鮮市場への到着は予定より遅れ、昼食は順番待ちになってしまったが、買い物できる場所に久しぶりに来たミヨ子さんはうれしそうで、店頭のメニューを見ながら待ち時間をつぶした。
食べるものは決まった。食堂の前には生け簀があって、朝獲れの魚などが泳いでいる。ミヨ子さんに見せたかったが、そこは子供たちが取り囲んでいる。
お昼どきがより近づいたせいか、買い物客は気持ち少なくなっていた。順番が来るまでもう少し売り場の中を「巡回」しよう。わたしは再び車椅子を推して、人が多い通路は慎重に避けながら、惣菜と作り立て豆腐の間の通路へと進む。
惣菜売り場にはじつにいろいろなお惣菜やお弁当、それにお菓子も並んでいる。どれも地元の総菜屋さん、ものによっては個人が手作りしたものだ。
「お母さん、巻き寿司があるよ。お母さんは大好きだよねぇ」「あら、がんもどき。これも昔よく食べたね」「昆布巻きもあるね。お母さんがときどき作ってくれたよね。わたし、好きだった」
郷土菓子もある。「かからん団子だね」「あら、いこ餅もある。高麗餅(これもち)も」〈286〉。多くは、昔だったら家で手作りしていたものだが、そんな家庭はもうほとんどなく、作り方を知っている人が、道の駅のようなこの市場に卸しているのだ。
話しかけるのはもっぱらわたしで、ミヨ子さんは頷いては、興味を持ったものに手を伸ばしている。ほんとうはじっくり見て、できれば買いたいのだろう。でも今日の目的は買い物ではない。買ってあげるのはたやすいが、そもそも施設に持って帰っても部屋には置いておけない。
商品を取ったミヨ子さんの手からやんわりそれを降ろし、を何回か繰り返す。なんだか切ない。
惣菜のケースの向かい側には手作り豆腐が並ぶ。型崩れ予防と運搬のために豆腐パックに入れてはあるが、中身はビニール袋入りのいかにもできたてのものだ。
「みごっかねぇ」(きれいだねぇ)とミヨ子さんがつぶやき、
「うんまかろごちゃっな」(おいしそうだね)とわたしが返す。家が残っていれば、買って帰ってミヨ子さんと食べられるのに、と思う。ミヨ子さんはどう思っているのだろう。
ひと回りして食堂の前まで戻った。順番まであと5組くらいだ。車椅子にチラチラ視線を送る人もいて、あとの時間をどう潰すそうかと考えていたとき。
「トイレに行きたい」
ミヨ子さんが言いだした。
施設からオムツは預かっている。食事のあとくらいに一回行く感じかと思っていたが、このタイミングでか? しかし、出もの腫れ物なんとやら、手持無沙汰そうなツレにひと言告げて、車椅子部隊は一つしかない市場の出入口を出てトイレに向かった。
〈286〉いずれも鹿児島の郷土菓子。「かからん団子」は「かからん葉」と呼ぶサルトリイバラの葉で、餅米粉を練った生地を挟み蒸したもの。「いこ餅」は「煎り粉餅」で、煎った餅米粉を砂糖湯で練ったもの。もうひとつの「高麗餅」は米粉、餅粉に小豆を加えて、羊羹のような型に入れて蒸しあげたもので、家庭では作らず和菓子屋さんから買ってきていた。「高麗」にはもちろん朝鮮半島から伝わったという意味がある。
