最近のミヨ子さん 脱水症状

 鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれ、今年(2024年)6月末に介護施設に入所したミヨ子さん(母)の体調に異変が生じた。ぐったりして呼びかけにも反応しようとしなくなり、施設(グループホーム)提携先の病院から救急搬送され、鹿児島市立病院に入院したことは前項で述べた。

 医師の見立てでは、異変の原因は脱水症状だったことも述べたとおりだ。つまり――言いづらいことだが――施設での日常の水分摂取が不足していた、ということのようだ。

 施設とやりとりしたお嫁さん(義姉)の話をまとめるとこうだ。

 ミヨ子さんは具合が悪くなる前から、しきりに「口の中がねばつく」と言っていたらしい。当然食べ物はおいしくないし、入れ歯の具合も悪い(口に張り付く感じがあったのかもしれない)。施設側が入れ歯を外して食べさせたところ、多少は食べられたようだが、いつもはお代わりするほど食欲が旺盛なミヨ子さんが、定量の半分も食べなかったと言う。

 箸も持てなくなった。脱水が進んで、意識と行動がうまく結びつかなくなっていたのかもしれない。やがてぐったりして、呼びかけにも答えられないほどになってきた。その時点で、近くに住むお嫁さんに第一報が入り、お嫁さんは飛んで行った。

 施設側は脳梗塞を疑い脳外科も受診させてくれたが、脳外科では異常は見つからなかった。しかし原因が「水分」だったとは、灯台下暗しの気分だ。

 脱水症状と言っても一般の熱中症のような一時的な状況下ではなく、数日かけて体調が徐々に悪くなったようなので、施設側も脱水に思いが至らなかったのかもしれないが、「最も基本的なことでしょう」と詰め寄りたくなる。

 前項で、今回の体調不良から入院の流れには既視感があると述べた。施設入所直後も同じような展開があったからだ。前回も市立病院で脱水症状が指摘されていた。そのため当時、お嫁さんは施設側に水分摂取に注意してくれるよう頼んでもいた。ある意味「またしても」である。

 今回のミヨ子さんの事例を知って考えたことがある。

 昔、介護という概念がまだなかった頃、お年寄りは同居家族がお世話するのが、ある意味当然だった。わたしは両方の祖父母が最後は寝たきりになる姿を間近で見てきたし、自分でもお世話に関わった。三度の食事で汁物を出す以外に、お茶や冷ました白湯などを吸い飲みで飲ませてあげるのもふつうのことだったが、あれで十分な水分が摂れていたのだろうか。

 最期を迎えるとき、だんだんと衰弱して、まず食べ物が食べられなくなり、最後には水分も取れなくなる。摂取や吸収ができなくなるのと、脱水症状で体の機能が働かなくなるのは、どちらが先なのか。「老衰」という診断名の裏には、じつは十分な水分を摂れて(あるいは与えて)いなかったケースもあったのではないだろうか。

 もっとも、飲ませてあげても飲み込めないほど体が衰えているのであれば、それこそが天命なのかもしれない。

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