聞こえた声に素直に従ってみたから今がある
人生は選択の連続だと言われる。私達は毎日、何らかの選択をして生きている。
私はこれまでの人生、ずいぶん流されて生きてきたなと思う。そういう事を知人に愚痴ってみたら「流される事を選択してきたのは、みゆさん自身でしょ?ね、ぐうの音も出ないよね」と返されて、私は本当にぐうの音も出なかった。この知人は時々私にぐうの音も出ない事を平気で言う。きっと知人はドSなんだと思うし、私はドMなんだろう。
そんな私だけど、自分で選択して行動した結果、これまでの自分から変わる事ができたと思える事がある。その事を思い出しながら綴ってみようと思う。
++++++++++++++
まず、前提として私はHSP気質で人見知りで、人と打ち解けるまで時間が掛かる。物事も納得しないと要領が悪く、使えないヤツである。ただ、打ち解けるとおしゃべりになるし、物事も慣れるとスイスイとこなす事ができる。
新卒で入った会社で私は浮いた存在だった。
初めて飛び込んだ社会の荒波の中、私は毎日戸惑ってばかりいた。
年の近い女性の多い職場だったけれど、私はなかなか打ち解けられないでいた。意地悪されたりなどはなく、むしろ優しくしてもらっていた。それでも、私の人見知りはなかなか解ける事はなかった。
肝心な仕事でも、なかなか上手くこなす事ができない。
私は、高校の時はそこそこ成績も良く、資格もたくさん取っていた。それに入社試験もそこそこ高得点だったと思われるし、面接の時もオトナの人が喜ぶ答えを言う事ができたおかげで、たくさんの受験者の中から見事入社する事ができた。そのせいか、私は経理部に配属されてしまった。
経理部は会社のお金を扱う大事な部署だ。当時はコンピューターは導入されていたものの、手書きで作業する事も多くなかなか大変だった。さらに、他に電話応対などもあるのだがこれが私にはさっぱりだった。スペックだけ見ると、私はたぶん周りに期待されていた新人だったと思う。だけど、実際の私はおとなしくて何を考えているのかよく分からないわ、仕事もできない期待ハズレな新人という烙印を押されてしまった。
期待に応えられない歯痒さや、ボッチ状態が辛くて夏になる頃には会社を辞めたいと思うようになっていく。そんな私を見かねたのか、秋になる頃には配属先を変えられてしまった。次の部署では、教材の受注、発注、仕訳などの一連の事を行う事となった。そこでの仕事は私に合っていたようで徐々にスムーズにこなせるようになっていったし、多少は先輩達とも話せるようになってきた。
だけど、それでも、今一つ馴染んでいるとは言い難かった。
++++++++++++++
このまま会社にいるか辞めるか思い悩んでいた私に転機が訪れる。
それは、年末の仕事納めの日の事だ。その日は朝から大掃除で、社員みんなでハマって掃除をしまくっていた。午前中の作業が終わり、お昼休みにお弁当を食べ終わった時の事だった。先輩達はみんなでコーヒーなど飲みながらおしゃべりをしている。私はというと、離れた所で何をするでもなくぼんやりしていた。
その時、どこからか声が聞こえてきた。
正確には、頭の中に声が聞こえてきたのだ。たしか、おじいちゃんみたいな年配の男性の声だった。
「みんなと仲良くなりたいなら、向こうに行って話してくるんだ」
私は今でこそ頭の中で声がする事を受け止めているけれど、実際に声がする事を自覚したのはその時が初めてだった。戸惑いつつも、この時はこの声に従ってみる事にした。けれど、それは私にとってはひどく勇気のいる事だった。話してくるといっても、一体何を話せばいいのだろう。しばらく私は考えた。その結果、仕事納めというこのタイミングで一番ぴったりのネタを見つけた。私は深呼吸を一つして、先輩達のいるテーブルに向かった。
++++++++++++++
「あ、あの。皆さんに年賀状を出したいので住所を教えてもらってもいいですか?」
いきなりやって来て、戸惑いながら言う私を先輩達は驚きの顔をしながら見てきた。ああ、ダメかな、そう思った時、私の教育係をして下さっていた二人の先輩が住所を教えてくれた。その後は、他の先輩達も次々と住所を教えてくれた。
「ありがとうございます。年賀状書きますね」
そう言った私に、先輩は「コーヒー飲む?」とインスタントのコーヒーを作ってくれた。それから私はそのテーブルに座り、お昼休みの残り時間一緒におしゃべりに参加する事ができた。
午後の掃除は、今度は先輩達と話しながら一生懸命掃除した。
家に帰ると、私は先輩達へ年賀状を書きポストに投函した。
後日、仲良しの先輩が私に言った事がある。
「あの日、本当はみんなみゆに驚いてたんだよ。いきなりやって来て住所教えてなんて言うからさぁ」
やっぱり、驚かれてしまっていたみたいだ。だけど、あの時頭の中に聞こえてきた声に従ったからこそ今があるんだと思っている。
年が明けてからは、今までの事が嘘のように私は会社に馴染んでいた。先輩達とも節度を持ちつつも親しくおしゃべりしたり、どこかへ出掛けたりなどたくさん可愛がってもらった。仕事の方もますますスムーズにこなせるようになっていったし、任される事も増えていった。
先輩達は私を妹分のように可愛がってくれた。私も本来の自分を出せるようになってきた。それからの私の位置付けは“ちょっとドジっ子な面白い妹キャラ“のような感じになっていった。
春には後に親友となるひろちゃんが中途採用で入ってきたし、新人の子も入ってきて私達は三人セットとして扱われる事も多く、楽しくて充実した日々を送れるようになった。
++++++++++++++
その後一年ほどで、私は他社へ転職する事になった。
新しい会社では最初の数日はまだ猫を被っておとなしくしていたものの、結局そこでも“ちょっとドジっ子な面白い妹キャラ“として過ごした。そのおかげで、新しい会社では前とは逆に男性の多い職場だったけれど、みんなに可愛がってもらって楽しく過ごす事ができた。
しかも、その会社では今までの私なら苦手中の苦手な接客もしたし、若干トラウマになっていた経理の仕事もしなければならなかった。大変できつい仕事だったけれど、周りに頼りにされる程度には頑張ったと自負している。
そして、今でも私は場所を変えて同じような仕事を続けている。さらに、メール鑑定に加えて、仲良くない人と話す事が苦手なのに対面での占いの仕事もする事にした。こんな私を18歳の頃の私は想像しただろうか。おそらく、考える事すらしていないのではないだろうか。
今の私がいるのは、18歳の仕事納めのあの日がキッカケだと思う。あの日、頭の中に聞こえてきた声に素直に従ったからだろう。あの選択をした18歳の私を50歳を過ぎた私は思い切り褒めちぎりたいと思う。あの時、勇気を出して思い切って先輩達の中に飛び込んで行ったからこそ今の私がいる。
聞こえた声を無視していたら、きっと今の私はないだろう。今の私が出会ってきたたくさんの大切な人や出来事とも出会わないままだったのかもしれない。
あの日の18歳の私、ありがとう。あなたのありったけの勇気のおかげで今ここに私は生きている。あの日、あの時から私は生まれ変わったのだから。
++++++++++++++
この記事は、noteを始めた頃に書いた記事をリライトしたものです。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪
いいなと思ったら応援しよう!
もしも、サポートをして頂けましたら、飛び上がって喜びます\(*^▽^*)/
頂いたサポートは、ありがたく今晩のお酒🍺・・・ではなく、自分を高めるための書籍購入📙などに使わせて頂きます💚