<新シリーズ#6>火の行方_一人でその会社の社長になる――経営統合のあいだに立つ新社長の独白
第6回|一人で、その会社の社長になる
――経営統合のあいだに立つ、新社長の独白〈後編〉
※本稿は、これまでに関わった複数の事例や対話をもとに、創作・再構成した物語です。特定の人物や企業の実話ではありません。
前回は、社員と新しい経営をつなごうとしながら、自分の役割や、この先も見えずに揺れる、管理部門担当役員を描きました。
今回は、同じ経営統合を、親会社から赴任した新社長の側から見てみたいと思います。迎える側だけでなく、託される側にも、まだ言葉にならない揺れがあります。
外からやってくる社長
社員に経営統合が伝えられた日、前に立って話したのは、当時のオーナー社長だった。
私は、親会社側の人間として、その少し後ろに座っていた。
「この会社が、次の成長へ進むために決めました」
社員たちは静かに聞いていた。
管理部門担当役員は、何度も社員の表情に目を向けていた。
営業担当役員は、腕を組み、社長の話を聞いていた。
その日、私も統合後の新しい社長として紹介された。
以前から仕事上の付き合いがある会社だった。
事業の強みも、主要な顧客も、ある程度は分かっているつもりだった。
それでも、社員たちの視線を受けたとき、初めて気づいた。
この人たちにとって私は、これまでの付き合いのある会社の部長ではない。
自分たちの会社に、外からやってくる新しい社長なのだ。
3年という時間
社長就任の打診を受けたとき、親会社からはこう言われていた。
「まずは3年で、統合と成長の道筋をつけてほしい」
親会社に籍を残したまま、この会社へ出向する。
期間は原則3年。
その後、親会社へ戻るのか、この会社に残るのかは、決まっていなかった。
最初の100日間で取り組むことと、初年度の事業計画も示された。
新しい経営体制。
社員との信頼関係。
親会社との営業連携。
一年後に期待される売上や利益。
やるべきことは整理されていた。
けれど、計画には書かれていなかった。
3年後にはいなくなるかもしれない私が、この会社の未来を語って、本当に信じてもらえるのだろうか。
一人で向かう
着任初日、私は一人で、その会社へ向かった。
今日から私は、この会社の代表取締役社長になる。
前社長は、代表権のない会長として残る。
営業担当役員も、管理部門担当役員も留任する。
会長は、この会社の歴史を知っている。
営業担当役員は、顧客と事業を知っている。
管理部門担当役員は、社員と組織を知っている。
その中へ、私一人が入っていく。
着任後の社員説明会では、今度は私が前に立った。
この会社が積み重ねてきたものを大切にしたい。
親会社の力を生かし、事業をさらに成長させたい。
これまでの仕事を否定するための統合ではない。
説明を終えると、拍手が起こった。
けれど、それが歓迎なのか、理解なのか、ひとまず場を終えるためのものなのか、私には分からなかった。
◇
説明会のあと、会長、営業担当役員、管理部門担当役員と、最初の経営会議を開いた。
営業連携への期待と、まだ表に出ていない社員の不安が共有された。
会長は、三人の話を静かに聞いていた。
同じテーブルを囲んでいても、それぞれが見ている会社の姿は、少しずつ違っているように思えた。
会議を終えたあと、管理部門担当役員に声をかけた。
「しばらくは、密にコミュニケーションを取っていきましょう」
その人は、ほんの少し間を置いてから、「分かりました」と答えた。
そのわずかな間と表情が、なぜか気になった。
私は、どちらの人間なのか
着任して3日目、営業担当役員が新しい取引先の資料を持ってきた。
親会社から紹介された企業だった。
統合による営業連携の、最初の成果になりそうな案件だった。
管理部門担当役員が、資料を見ながら言った。
「取引額が通常の与信枠を超えます。親会社の基準も確認した方がよいでしょうか」
私は、すぐに答えられなかった。
代表取締役として契約する権限はある。
けれど、株主は親会社である。グループ全体の信用リスクに関わる以上、私一人で進めるべきではなかった。
親会社に確認すれば、「結局、親会社の人」に見えるかもしれない。
自分だけで決めれば、親会社から託された立場を逸脱するかもしれない。
「案件は進めたいと思っています。ただ、親会社と確認して、早急に回答します」
二人は静かにうなずいた。
それでも私は、前の社長なら、その場で決めていただろうと思った。
前社長も、私も、肩書きは同じ代表取締役社長だ。
しかし、前社長は、この会社を所有し、代表し、経営していた。
私は、この会社を代表し、経営している。
けれど、所有しているのは私ではない。
そして、籍は今も親会社にある。
翌日、管理部門担当役員から、意思決定の仕組みに社員が戸惑っていると聞いた。
「社長でも、全部を決められるわけではないんですね」
悪意のある言葉ではなかった。
けれど、その言葉は残った。
親会社へ行けば、私はこの会社の事情を説明する。
この会社へ戻れば、親会社の考えを説明する。
では私は、どちらの人間なのだろう。
「しばらくは」の意味
金曜日の夕方、私は管理部門担当役員に声をかけた。
経営会議のあとに見せた、あのわずかな間、そして表情が気になっていた。
「先日の経営会議で、『しばらくは、密にコミュニケーションを取りたい』と言いましたよね」
「はい」
「何か、気になる言い方でしたか」
その人は、少し考えてから口を開いた。
「『しばらくは』という言葉が、少し引っかかりました。
自分が必要なのは、しばらくの間だけなのかもしれない、とも聞こえました」
そこまで考えが及んでいなかった。
私にとっての「しばらく」は、統合が落ち着くまでの時間だった。
けれど、この人にとっては、自分の役割や、この会社にいられる時間と結びつく言葉だった。
「そういう意味ではありませんでした。言葉が足りませんでした」
そう答えたものの、この人の将来を約束できるわけではない。
私自身も、3年後にどこにいるのかは分からなかった。
「私も、3年後のことは決まっていません」
口にしてから、社長がそんなことを言ってよいのだろうかと思った。
「ただ、今の会社を一緒につくるために、あなたと話したいと思ったんです。細かく報告してほしいわけでも、しばらくの間だけ力を貸してほしいわけでもありません」
私は、言葉を探しながら続けた。
「まだ会議の議題にもなっていない、現場の小さな違和感。
社員が感じながらも、言葉にできずにいること。
会長には話せても、私にはまだ話せないこと。
私は、それらが表に出るまで、気づくことができません」
「だから、まだ整理できていない段階から、話してもらえると助かります。耳の痛いことも含めて」
少し言いすぎただろうか。
しばらくして、その人が言った。
「分かりました。では、今の段階で気になっていることから、お話しします」
その日、初めて、用意された資料には書かれていない、この会社の話を聞いた。
赴任して、一週間
100日後には、新しい経営体制を軌道に乗せる。
1年後には、統合した意味を成果で示す。
3年後、自分がどこにいるのかは分からない。
それでも今、私が責任を負うのは、この会社の経営だった。
私は親会社と、この会社をつなぐ。
管理部門役員は、新しい経営と、社員や組織をつなぐ。
どちらも、自分の先が決まっているわけではない。
それでも、互いに見えているものを持ち寄ることはできる。
社長という肩書きは、初日から与えられた。
けれど、この会社の社長には、一人ではなれない。
この会社の人たちと話し、迷い、決め、その結果を引き受けていく。
その時間が、ようやく始まったのだと思う。
経営統合では、親会社と新しい会社のあいだ、
新しい経営と社員のあいだに立ち、それぞれの考えや事情をつなぐ人がいます。
一方で見えているものを、もう一方にも分かる言葉に置き換える。
まだ表に出ていない違和感を受け取り、話し合えるところまで運んでいく。その役割を担う人自身もまた、自分の立場や、この先が見えないなかで揺れています。
契約によって会社がつながったあと、
人と組織がつながっていくまでには、立場の違う人たちが、互いに見えている景色を持ち寄る時間が必要です。
私は、そんな経営統合のあいだにある揺れや、
まだ言葉になっていないものを、丁寧に見つめていきたいと思っています。
🔥焚き火を囲みながら・・・
今週も、焚き火を囲みに来てくださり、ありがとうございます。
お盆の時期ですね。
皆さんは、どのようにお過ごしですか?
私は、久しぶりに夏風邪をひいてしまいました。
お休みの時期でよかったと思いながら、ゆっくり過ごしています。
お盆は、ご先祖様や、これまでをつないでくださった人たちに思いを馳せる時間でもあります。感謝を忘れず、また目の前の日々を一歩ずつ歩んでいきたいと思います。
まだまだ残暑が厳しい日が続きます。
皆さんも、どうぞ体調にお気をつけてお過ごしください。
