母乳育児じゃなかったら。
育児がしんどくて、わんわん泣いた日
生後4ヶ月の我が子より、産後4ヶ月の母である自分が泣いた先日。
思いがけず多くの方からスキ♡いただき、温かいコメントをいただき、おかげで再度、自分の混合栄養育児について見つめ直すことが出来た。
▼本当にありがとうございました!
相談すべく、乳腺外来へ
わんわん泣いた1週間後、産後ケアの時からお世話になっている助産院の乳腺外来を約1ヶ月振りに訪ねた。
「いらっしゃい、ミズイロさん。最近、母乳はどうかな?」
院長はそう言って、いつものように大らかに優しく温かく、我々母娘を迎えてくれた。
私は
・最近、片胸に白斑が出来たこと
・我が子の遊び飲みが盛んになって来たこと
・恐らく、両胸合わせても10ml程しか母乳が出て無いであろうこと
・母乳の量は少ないけれど、我が子は母乳を欲しがる&頑張って吸い付いてくれていること
・我が子が母乳を吸いにくそうだったから、産後からずっと乳頭保護器を使用していたけど、最近不要になって、直接吸ってくれること
・おしゃぶりを与えても、好まないこと
・8回授乳出来ない日があること
を伝えた上で胸を診てもらい、マッサージを受けた。
院長に
「今までは母乳を先にあげ、足りない分ミルクで補おうと必死だったけど、先にミルクをあげて、その後、我が子の体調によって飲めるだけ母乳を吸ってもらうようにして良いですかね?」と尋ねた。
「いいよー。」
院長は即答した。
「あなた達みたいに頑張る親子なかなか居ないよ。母乳の量ではなく、母と子の絆と、肌の触れ合い(スキンシップ)に重きを置いて考えてたら良い。
赤ちゃんがおっぱいを望んでくれる限り、コツコツ、絆を育みなさい。
母乳の量を出すことより、自分達らしく信頼関係を育む母乳育児をすれば、それで良い。」
目の前がパッと明るく開けて、なんとも柔らかい気持ちになった。
また、遊び飲みに関しては、院長は我が子に向かって
「貴女、ぐんぐん成長して、おっぱいばかりに構ってられないもんねー。忙しいよねー。」と
語りかけてくれた。
帰宅後、夫に乳腺外来での一連のことを伝えたらすごく納得してくれた。
夫も
「改めて、僕たち家族らしい育児をしていければ、それが良いよね!」と言っていた。
目標にしていた4ヶ月
そもそも、私は産後すぐから母乳の出が悪く、母乳育児(完母でなく混合栄養なんだけど)を産後4ヶ月まで続けることが目標だった。
気付けば、4ヶ月。
ここまで母乳育児が出来たことを有り難く思う。
しんどかったけど・・・
毎日、母乳中心で生活が回り、夫にどれほど負担をかけ、甘えていたか。
もし私が母乳育児をしていなかったら、赤ちゃんが居るとは言え、我々夫婦は日々の生活を特にタイムスケジュールの面で、自分達の思い通りに管理出来ただろう。
私は、イライラしたり、疲弊したり、わんわん泣くことも、随分減らせただろう。
睡眠時間ももっと確保出来たと思う。
母乳の出が悪く、怒った我が子から「さっさとミルクくれー!」と嫌な顔をされ、泣き喚かれて存在を否定されたみたいに傷付いたりしなかっただろう。
今思えば、あれは我が子との一種の喧嘩だったのだ。
(まだ時々あるけど、もう、以前みたいにこじれることはきっと、ない。)
もし、母乳育児をしなかったら
楽ではなかった。
むしろ、辛く、苦しいばかりだった。
楽、ではない。
だけど、不思議な濃い時間だった。
大変だった。
だけど、深夜、我が子と2人きりで過ごしたあの日々は、私達を家族の距離に縮めてくれた。
授乳終わり!と思ったら沐浴。そしてまた次の授乳・・・の日々は、
夫と私、夫と我が子、私と我が子の距離を近くし、互いをなくてはならない存在にし、チームにしてくれた。
楽ではないけど、おもしろかった。
1つ山場を乗り越えた今となっては。
まだまだ「育児楽しい!」とは言い切れないけど、この世に女性として生を受けた者として、生物として体験出来ることのうちの1つ、神秘的で不思議な経験が出来ていると思うと、それは、確かに楽しいのかも知れない。
この先も悩みながら
我が子と私、夫のチーム・ミズイロ家。
時に荒波がやって来たりしながら、ミズイロ家の育児はまだまだ続く。
悩みながら家族になっていけたらいい。
今はそう思う。
▼母乳育児&助産院での話など、過去記事は
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