【45歳、初育児】我が乳と不妊治療、そして産後ケア
体外受精のおかげで、この春、45歳にして初めて母になることが叶った。
今、我が子の主食は粉ミルクが95パーセント
母乳が5パーセントの混合栄養。
これらが娘にとって大切な、日々のお食事。
産んでみないと自分の母乳がどれくらい出るかは分からないので、産前から混合栄養の準備はしていた。
湯沸かし用のポット、粉ミルク、哺乳瓶。
乳頭保護器、母乳パット。
ただ、年齢的にも、あまり母乳出ないんじゃないかと予想をしていた。
そして予想の通り、母乳の出は産後1週間経っても良くなかった。
私の不妊
体外受精をしたのは、原因不明の不妊と診断されてからだが、主治医からは、そうは言っても基本的に私の年齢が原因と聞かされていた。
私は産後の母乳の出方も不妊と根っこが繋がってる気がした。
身体を温めなさい
産後3週間程で心身が限界になり、産後ケアで
小さな助産院に助けを求めた。
そこは乳腺外来も可能で、院長は胸のマッサージを得意にしている。
院長から言われた。
「あなた、身体冷えてるね。まず、温かい身体を内側から作らないといけない。母乳をあげたいならね。母乳は血液だからね。」
私の不妊は、血流が関係してると思って来たけどやっぱりそうなんだろうと、直感した。
そして、まず食事を中心に、母乳を出す為の努力を院長と2人3脚でするようになった。
母乳について
帝王切開で出産し、約1週間は母子別室。
我が子が泣き出したら看護師さんから声がかかり母乳とミルクをあげにGCUへ行く日々だった産後入院期間。
帝王切開の傷の痛みより、我が子の隣に居られないのが悲しくて悲しくて
どれだけ少量でも母乳をあげたいと思って過ごした。
私は母乳しかダメとか、母乳が1番、とは全く考えていないし、いつまで出来るか分からないけど
授乳を可能な限り続けるつもり。
今現在、私の生活習慣は母乳を少しでも出す為に変わり始めていて
きっと、私の残りの人生の為に必要なことなんだと思っている。
母乳の量はようやく、少しだが、増えて来た。
産後の感謝は一生
出産は命がけ。
だから、出来れば寄り添ってくれる人達には
それを理解して欲しいと思う。
産後は誰しも産前以上にナーバスになると思うから。
命がけで産んだ私に、産後ケア施設である助産院の院長もまた、命がけで寄り添ってくれて居る。
産後の恨みは一生、はその通りだが
感謝もまた同じく。
産後ケアの院長に心から感謝している。
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