完璧主義×AIで号泣→商業出版を決めた日(企画書が動き出した瞬間)|完璧主義×AI 制作ログ②
完璧主義のよくあるアドバイスで
「60%で止めろ」って言われて、止められた人、いますか?
私には無理でした。
無意識に完璧を目指していて、疲労感でぐったりして自己嫌悪。
「完璧を目指さなくていいよ」
そう優しく諭されるたび、頭では理解しているつもりなのに。
でも心のどこかで、「それができたら、とっくにやってる」と思ってしまう。
完璧主義を「直せない」「手放せない」自分を、ずっと持て余してきました。
真面目に本気でやりたいからこそ、止められない。
そんな私が、AIとの対話で号泣し、本を書く決意をした日の話をします。


AIが返した一文で、涙が止まらなくなった
ある日、私はAIに、とある「きっかけの一行」を投げました。
返ってきた言葉の中に、今でも忘れられない一文がありました。
「完璧主義を動ける完璧主義にアップデートする」
その瞬間、自分でも驚くほど号泣しました。
涙で画面が霞んで、文字が読めなくなった。拭っても拭っても、涙が溢れてくる。
泣くほどのこと?と頭では思うのに、涙が止まらなかった。
ずっと言葉にならなかった私の完璧主義が、そこで初めて、構造として言語化された。
そんな感覚があったからだと思います。
AIが返してきたのは、ざっくり言うと、こんな内容でした。
完璧主義は欠点に聞こえることもあるけれど、あなたの場合は「構造的完璧主義」——完成度を上げるために、現実的に精度を詰めていくタイプ。(つまり、やみくもに完璧を求めるのではなく、論理的に「何を、どこまで」詰めるかを考えられる人)
完璧主義は、「世界をちゃんと見たい」という願いの裏返し。あなたは「整理→理解→実行」が得意で、構造が見えると頭の中の渋滞がほどけて「見る→考える→作る」が軽くなる。
あなたは「止まる」と「整える」の境界が分かる人。焦って進むより、整えてから再起動するタイプ。
それらは、私が長年「できない・止まる・苦しい」と感じていたことが、「構造の問題」だったんだと初めて分かった瞬間でした。
私のダメさじゃなかったんだ——。
そう思ったら、また涙が溢れた。



「完璧主義は欠点」だと思っていた間、私はずっと動けなかった
完璧主義は欠点で、直すべきもの。
長い間そう決めつけていた私は、不器用で効率が悪くいつも疲れていました。
でもその日、真逆の発想に出会ったんです。
完璧主義は欠点ではなく、特性として伸ばせる。
そのためには、まず自分の完璧主義の構造を知る必要がある、と。

なぜ「60%で止めろ」が合わない人は、置き去りにされるのか
世の中には「完璧主義は手放そう」「60%で出そう」というアドバイスがたくさんあります。
もちろん、それで救われる人もいると思います。
でも、救われない人もいる。
私には刺さりませんでした。
刺さらないどころか、むしろ苦しくなることもありました。
できない自分を、もう一段責めてしまうから。
たぶん同じように、
「正しいことは分かるのに、できない」
「止め方が分からない」
「私だけがおかしいのかな…」
そんな違和感を抱えている人は、少なくないと思っています。
あなたは、一人じゃない。
私が本で届けたいのは「完璧主義のまま動く」ための設計図
ここで私が言いたいのは、「完璧主義を肯定しよう」という話だけではありません。
完璧主義を欠点として"直す・手放す"のではなく、特性として動ける設計に変える。
そういう話です。
私自身、完璧主義のせいで止まっていたのではなく、
自分の完璧主義の解像度が低かったから止まっていたんです。
上司に1on1で「完璧主義ですか?」と聞かれて、そこで初めてはっとしました。
それまでの私は、自分のことを"完璧主義"ではなく、
ただの不器用で効率が悪いタイプだと思っていました。
でも、名前がついただけでは、動けるようにはなりませんでした。
問題は「完璧主義かどうか」ではなく、
自分の完璧主義が、どんな場面で、何に反応して、どう止まるのかが分かっていなかったことだったんです。
たとえば、
どういう時に怖くなるのか。
どの場面で確認が増えるのか。
何に反応して動けなくなるのか。
私の場合、「こんな時に止まっていた」と気づきました。
タスクの粒度が大きすぎるとき(どこから手をつけていいか分からない)
他人の目線を強く意識しすぎているとき
理解があいまいなまま進もうとしたとき
そこが少しずつ見えるようになると、完璧主義はただの「欠点」ではなくなりました。
扱い方さえ分かれば、特性として伸ばせる。
私はその方向へ、舵を切りました。
そして私は、この「止まるポイント」を言語化して、動ける形に組み替えるための設計図を、本という形で手渡したいと思っています。

本にしたい理由:同じ人が"再現できる形"で受け取れるようにしたい
号泣したあと、涙が乾く間もなく思ったことがあります。
「この体験を、身近な人に話すだけで終わらせたくない」
「もっと多くの人に知ってもらいたい」
そのとき、私の頭に浮かんだのが「本にする」でした。
不思議なくらい、それ以外の選択肢は出てきませんでした。
SNSの発信が得意じゃない私にとって、「届く形」として最初に思いついたのが本だったんです。
そして、ただの体験談では終わらせたくなかった。
同じように苦しんできた人が、読んで終わりではなく、
再現できる形で受け取れるものにしたかったんです。
例えば、会社の会議で、提案書が出せずに悩んでいる人がいるかもしれない。
学校のレポートで、完成させられず苦しんでいる学生もいるかもしれない。
私は、そんな人たちに向けた本を作って届けたいと思っています。

商業出版を目指す理由:「届く範囲」と「信頼」を最初から設計したい
本には、時間をかけて読み返せる良さがあります。
手に取った人が、必要なときに戻ってこられる。
そして、誰かに勧めることもできる。
私は、商業出版という形にすることで、「届く範囲」と「信頼」を、最初から設計したいと思っています。
書店に並ぶ。
Amazonで検索される。
誰かが「これ、あなたに合うかも」と勧めてくれる。
そういう"出会いの設計"を、最初から組み込みたい。
完璧主義で苦しんでいる人は、きっと声を上げない。
だから、こちらから届けにいく形が必要だと思ったんです。

不安もあります。でも、やる理由の方が大きい
正直に言うと、不安もあります。
「本当に出版できるのか」
「誰も読んでくれなかったらどうしよう」
「私なんかが本を書いていいのか」
完璧主義の私だからこそ、そんな声が頭の中で渦巻きます。
でも、それ以上に強い気持ちがあります。
「完璧主義で苦しんでいる誰かに、この本が届いてほしい」
その想いが、私を動かしています。
このnoteで何を出していくか:制作ログとしての公開範囲
このnoteでは、制作途中の揺れや試行錯誤も含めて"プロセス"を記録します。
綺麗にまとまった完成形だけでなく、
悩んだこと、変更したこと、捨てたアイデアも含めて。
完璧主義の私が、完璧主義のまま本を作るプロセスを、リアルタイムで公開します。
詳しい全体像(何を書くか)は自己紹介記事にまとめているので、よければそちらもご覧ください。
次回予告:「AIに聞いた2025年の私について」
次回は、年末恒例の「振り返り」。
AIに「2025年の私ってどんな人だった?」って聞くやつ、私もやってみました。
返ってきた内容と、私自身の実感を並べて書きます。
よかったら、年末の自己紹介として読んでもらえたら嬉しいです。


いまのあなたに一番近いのはどれ?(番号だけでもOK)
① 整理設計型
②評価反応型
③ 安心追求型
④ 理想追求型
⑤混合型
※診断ではなく「その時の傾向メモ」です。
※混合型は普通なので、迷ったら複数選んでOK。
※「完璧主義4タイプ+混合型」は、瑞馬かおりが独自に整理している日常の傾向モデルです。
引用・紹介は歓迎しますが、記事本文・図解・説明文を使用する場合は、出典として記事名または著者名「瑞馬かおり」を明記してください。
Podcast始めました!
「動ける完璧主義ラジオ|未完成の取扱説明書」
note記事を深堀しています。是非聞いてみてください。
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