新社会人たちよ。分からないことは、恥ずかしいことじゃない。
社会人デビューから10日。
優しい同僚と頼れる先輩方のお陰で、気力はおおいに満ち溢れている。日に日にやる気が増していて、おいおい瑞野このまま社畜まっしぐらか?と自分でもちょっと笑ってしまう。元からその場の環境や生活に染まりやすい性格であるためか、今の職場にもすぐ適応してしまった。
しかしまあしょうがないことなのだが、笑っちまうぐらいに分からないことだらけだ。客前に立つ仕事なので商品知識が常に求められる。だが、一週間ちょっとの事前研修でそれらを完璧に頭に入れられるわけもなく、「これってどういうこと?」と尋ねられても商品のことを即答できない自分がいる。
なので、今は客前と先輩の元を行ったり来たりして、付け焼刃の知識をフル動員してどうにか商品を売っている。よくもまぁこんな頼りない新人からみなさん買ってくれるもんだなと、毎回お客様を尊敬してしまう。そして、どんな質問でもパーフェクトな説明と根拠で返してくれる先輩方も、また尊敬してしまう。
なんなら、今目の前に居るすべての者を
尊敬してしまう勢いだ。
みんなすげぇよ。凄すぎるわ。
学生の頃、「分からないこと」は
「恥ずべきこと」だという意識があった。
数学の授業が苦手だった。どんな教科でも完璧に教えられそうな自分の見た目によらず、理数系がとにかくダメ。定期テストでも毎回赤点。数学の教師にもお墨付きを頂くほどのダメさ加減だった。なので、出席番号順で当てられたりした日にゃ赤っ恥をかく。どうにかしてその場を取り繕いたいので周りの子に答えを聞いたりしてどうにか乗り切ってきた。
アルバイトでもそうだった。だんだん分からないことが尋ねづらくなっていく。およそ4年ほど働いていたものだから、どんどん職場でも長老的な存在になってきて、後から入ってきた子に自分が仕事を教えるような立場にもなる。だから、そんな自分が分からないことを聞くなんてできない!というような変なプライドが芽生えてしまって、邪魔をする。
こうして「分からないこと」を「恥ずかしいこと」だと思う思考回路が頭の中でどんどん形成されていった。それで自分の自尊心を守ることはできたが、その一方で「分かりません」と口に出せない素直じゃない自分を、あまり好きになれなかった。
いま再びペーペーに戻ってゼロからすべてを勉強して、ようやく私は気づいた。分からないことを誤魔化しても、一生分からないままで成長が無いということに。学生の頃ならそれでもまあ乗り切れたけど、社会人になったらそうは問屋が卸さない。目の前の先輩方に、着実な成長を見せつけないといけない。そうしないと評価されないし、自分の伸びしろを勝手に自分で縮めてしまうことになるから。
だからみんな、分からないことはもう聞くしかない。聞けば聞くだけ、自分の知識に蓄えられるから、恥ずかしがらずに質問しまくろうぜ。社畜予備軍の新卒お兄さんとの約束だぞ☆
という訳で、社会人二週目。ここからは先輩方と同様に週5勤務が続いていく。どこまでやれるかわからないが、まあやれる範囲で頑張ってみよう。
おしまい。
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