「120%の出来栄え」の残り「20%」は一体どこから来るのだろう
突然ですが。
120%出し切った!とか
120点の出来栄えでした!とか
数学を無視した言葉があるじゃないですか。
あのプラス20ってどこから来るのかなーって
考えたことあります?たぶん無いですよね?
ちょっと、僕なりに考えてみたので、
少々お付き合いいただければと思います。
何かと頑張らなくちゃいけない、この春。4月から進学や就職、転職で環境が変わって、今までと違うことを求められたり、ゼロからのスタートになったりしている人、とても多いと思います。僕もそうです。マジで大変ですよね。学生生活の中ではあまり感じなかったハッキリとした上下関係。その中で働くことの大変さをひしひしと痛感しています。
僕の仕事場は結構体育会系というか、結構上下関係をキッチリさせる職場で、研修の時からそのマインドを徹底的に叩きこまれたので、私もすっかり染まりました。今は仮の配属先で仕事の内容を覚えたり上司の顔と名前を覚えたりと、いろいろ忙しい日々を送っています。正直、「自分でこんなに染まりやすいんだな」ってビックリしたぐらい、社畜まっしぐら状態です。
しかし、その一方で嬉しい事も増えてきました。ちょっとずつですが新人なりに結果を出せるようになってきて、だんだん先輩方からも「センスあるね!」とか「この仕事向いてるねぇ!」とか、いろんな言葉をかけてもらえるようになってきました。ありがたいことに。
そこで、ハタと気が付きました。
僕なりに考えた結論としては
「残り20%」は「他人からの言葉」だと思うのです。
努力や研鑽っていうのは、自分一人の判断で「頑張った」とか「まだまだだった」とか評価はできないものだと常々感じていて。上司や先輩から見たら十分すぎる!っていうようなことでも、自分からしたら「まだまだだな自分」って反省することが最近は多いです。同じように、自分としては頑張ったけど周囲から見たらまだ足りないっていうこともあるだろうし。
努力というのは、自分自身の成果の積み重ねもそうですが、客観的な視点があることで初めて数値化されるような気がします。だからこそ、この20パーセントの上積みである「他人の評価」をバカにしないで頑張れば、きっと周りからの評価も付いてくる。そして、そういうことを怠らなかったから今の自分があるのかな~なんて。
だから、そういう「他人からの評価」じゃないけど、「褒め言葉」みたいなものが自分の頑張りにプラス20パーセントの上積みをくれて、120%の出来栄えに達するんじゃないかなぁ。とぼんやり思いました。
難しいなりに、頑張って分析してみました(笑)
でも、一番大切なのは自分の心と体の健康ですから。その20%は大事だけど、それに支配されちゃいけないですよ。案外、のびのびとやっていれば結果はついてくるもんだと思うので、まあ気楽に頑張っていきまっしょー。
・・・しかし、仕事しながら
物書きするのってマジで大変だわ。
兼業作家、マジリスペクト。
おしまい。
こちらの記事もおすすめ。⇩
