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雑03| ブログ開設1ヵ月のメモ

2022年12月1日/記

準備中なのに、何?

 ブログ開設から1ヵ月が過ぎた。公式開設日を11月1日にしているからそうなるが、実際には準備のために9月中旬から終末論の一部掲載を始めていた。そしたら、準備中なのに3週間くらいで閲覧数が500件を超えたのである。ブログ事情に疎いので、〈 へえー、意外に多いな 〉というのがその時の感想である。ところが「終末論から読み解くバンクシー」の掲載を始めると閲覧は激増し、一気に1万人を超え、開設日の前には1万7千件を超えたのである。
 〈 ちょっと待ってくれ、準備段階でもうバブルか 〉と、絶句した。なにしろ論文を主としたブログなので、人はあまり寄り付かないものと踏んでいたのである。結局のところネット時代の特性を私が理解していなかったということだ。はやばやと、たいへん貴重な体験をさせてもらった。もちろん今では大量閲覧の波はすっかり消えて、落ち着いた状態にある。

目指すはブログ内の本

 世の中にブログが広まってから相当な年月が立つ。流行語大賞のトップ10に「ブログ」が選ばれたのは2005年だ。とはいえ、やはり新しい情報システムである。今回その新しさに乗っかるが、ここで考える。全身乗っかってはいけないのではないか、と。もちろん私にシステムを変える力などないが、乗っかり方に創意工夫の余地があると思うのだ。その一つが本(雑誌を含む)文化を積極的に引き継ごうというもの。目指すは、ブログ内での本回帰である。
 時々刻々の短文表現や飛び回るネットサーフィンは快適で面白いし、役に立つ。が、思考の深化や感覚の練磨を妨げる一面がある。情報の消費ではなく、情報の蓄積と管理の方面で踏ん張れないだろうか。その一つとして、本の目次に目を付けた。ブログ内に目次を設置すれば、ブログ全体が一望できるので、読む(書く)人の位置が定まるし、ブログの方向性や内容をおおよそ掴むことができる。また、終末論のような長編の連載論文などは、一気に読むのがつらい。休んでから閲覧を再開する場合にも目次があると便利だ。
 ブログは本と違って終わりがなく、だから奥付もない。しかし、奥付の一部を目次内に挿入できないだろうか。また、誤記修正、内容変更、追加、等々に関する情報も目次その他に挿入したら、ブログに信頼性や安定感が生まれそうな気がする。信頼性と安定感、それがもう少しほしい。
 なお、内容を三部門に分け、それぞれのバナーに自宅に咲いた三種の花を撮影して使った。一目で部門の系統がわかる。加えて、記事が増えるたびに花が増え、ブログのページが花盛りになる、という趣向である。

老人には自分史がよく似合う

 「note」のプロフィール欄は文字数が限定されているので、「雑言体」を使って多めの略歴を載せた。いろいろなブログを見ていると、どんな人が書いているのかわからない場合が多い。個人情報を隠すのは、災いを避けるための防衛策なのだろう。しかし、ブログ内容を理解するためには、執筆者の背景を知る必要があるのではないか。ちょっと迷ったが、私は知りたいと思う方なので、自分のブログでは多めの略歴を掲載した。
 「雑言体」の一部に自分史的な傾向をもたせることにした。老人には自分史がよく似合う、そう私は75歳、後期高齢者である。今まではプライベートな事柄はあまり書かなかった。これからは少し触れよう。老いたからそうした自分を許し、人にも許されるような気分になっているが、関連で引っ張り出される友人知人には迷惑な話だ。今のうちに謝っておく、〈 すまん 〉。

 以上、ブログ奥手が、未熟なまま、勝手なことを書いた。この先どうなるか、どうするかは分からない。しかし、どうであれ「老人蛇に怖じず」である。


(雑03|ブログ開設1ヵ月のメモ おわり)


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