2017.05.01_2 西安(碑林博物館〈1〉)
2017年5月1日 碑林博物館〈1〉
碑林博物館は、唐代の石碑を収蔵するために1087年(北宋時代)、唐の開成石径と石台孝経を保存するために当時の孔子廟址に作られた西安碑林が元になっている。
1944年に西安孔子廟の建物群を拡充して西安碑林博物館が設立され現在に至っている。

義路門を入って入場券を購入、75元(1,313円)。


太和元気坊とその前を塞ぐ照壁は西安清真大寺と同じ様式で、こちらは孔子廟址で西安清真大寺はモスク、なのに門と照壁がほぼ同じ。


欞星門に刻まれた「文朝」の二文字が嘗てここが孔子廟だったことを示している。

入場券を見せて欞星門を入る。
左手の臨時展示室に「九朝石語――洛陽九朝刻石文字博物館拓片珍品展」とある。意味は「九つの王朝の歴史を、石に刻まれた文字が語る――洛陽九朝刻石文字博物館の拓本の名品展」。


拓本が展示されている展示室内はほぼ無人。

展示から数点だけ紹介する。
◆ 漢 永寿三年残碑(部分)/58 x 39 センチメートル

◆ 隋 李貴志并盖/56 x 56 センチメートル。


戟門をくぐって碑楼が並んでいるエリアへ。

戟門を入って左手に展示されているのが、国宝に指定されている「大夏石馬」。
大夏は東晋王朝十六国時代 (317–420) に少数民族匈奴の人、赫連勃勃が中国北部の陝西省と内モンゴル地域に建てた国家。417年に長安を占領、彼の長男・赫連璝が長安守護職につく。
この馬は長安の赫連璝の墓の傍らに建っていた。馬の足下には「大夏真興六年 (424) ……大将軍」などの刻印がある。

戟門を入って右手に「景雲鍾」が下がっている。この鐘、元々は鐘楼に設置されていたもの。

六つ並んでいる碑楼の内、中を見ることができたのは一楼のみ。残りの五つは扉に鍵が掛かっていて内部を見ることができなかった。

この碑楼内にあった石碑の右半分には漢字が、左半分にはモンゴル文字(あるいは満州文字)が刻まれている。あいにく何が書かれているかは不明。

以下、一部を拡大してみた。


六つの碑楼の間を抜けると、正面に「碑林」の扁額を掲げた「石台孝経亭」が建つ広場に出る。


石台孝経亭には唐の第六代皇帝・玄宗が儒家の経典・孝経に、自ら注釈を加えて隷書で書いた石台孝経(745年)の碑が収められている。


石台孝経亭の後ろに回ると《第一室》の入り口につながっている。
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