ナイトバードに連理を Day 6 - A - 1
(これまでのあらすじ)
夢を介して並行世界・胎金界を観測する女子高生空鳥清心(そらとり・きよら)は、同じ学校に通う男子生徒犬吠早矢(いぬぼえ・はや)が瀕死でいる場面を夢見する。清心は現実で早矢に接触し、同じ夢見の能力と生き抜くための計画を与える。だが胎金界で早矢を雇った男茶賣(ちゃうり)はもう一人、早矢と同じ境遇の女子生徒九猿近衛(ここのえ・このえ)を捕らえていた。
(2329字)
停止したコーデックボートの中。早矢は門石を覆う黒いカバーの前に座っていた。暗がりに飲まれたように沈黙しているのは早矢一人ではない。その隣には頼が、門石を挟んだ反対側には甘医師と冶具がいた。
駅の待合室みたいだな。自分でも意外なほどくだらないことを考えていた早矢は、船内に響いた「こおん」という音に顔を上げた。木を叩いたような、それにしては伸びのある音だった。
「……今のは?」
「コーデック同士がやり取りするための信号に、付随する音だよ。僕たちは鵺の声って呼んでる」
頼が答えた。冶具もまた頷き、ただ甘医師だけが首を横に振った。
「私には、いや猩々には聞き取れない音域なんだ」
コーデックボートは再び動き出した。ボートは基地を離れ、モッカの中央に近づきつつある。茶賣は一昨日と違い二隻のボートで隊列を組んで出発し――基地には大小合わせて六隻のボートがあった――、早矢たちには甲板に出るような油断を許さなかった。
「聞こえていい物なのか? やり取りが敵にバレちゃまずいだろ」
「狢以外には聞こえないから問題ないね」
再び頼が答えた。
「なら、なんで狢には聞こえるんだって話になるけど。まあ、狢がコーデックを敵に回した時のためとか、狢同士がコーデックを使って争わないようにとか言われてたよ。本当のところどうだったのかは、消し飛んだ石工に聞かないと分からないけど」
「……なるほどな」
しばらく進むとコーデックボートは再び停止し、車内前方から茶賣が四人の方へと振り返った。
「さあ夜目殿、お手並み拝見と行こう」
茶賣の顔が徐々に照らされていく。早矢は光の差す方向、展開していくボート後部へと振り返った。影を作るアマフリの肩越しに見えたのは、広い青空と石造りの街並みだった。
茶賣たち搭乗員は上部ハッチから、早矢たち四人は開いた後部から日の下に出た。アマフリに動きはない。あれ以来七は声も姿も現さず、近衛救出の計画も伝えられてはいない。早矢は歩きながらアマフリの胴体を眺めたが、腕の横を通り抜けてもやはり反応はなかった。
「大丈夫?」
前を行く頼が低い声で尋ねた。早矢はただ一人、頼にだけはすでに計画を伝えていた。今朝、天幕内で早矢が説明した内容に頼は躊躇なく賛同を表明した。「夜目に逆らう狢はいないさ」その言葉が真実であってほしいと早矢は心から思った。
「船酔いなら心配ない。もっと酷いのに乗ったこともある」
早矢が無頓着な声量で答えると、頼は振り向かずに肩を竦めた。
「それは結構。他には?」
「七と話したい」
早矢は今度はほとんど唇も動かさずに呟いた。頼は小さく頷いた。
「……基地から200000ソエン。ここ、サリルタはモッカじゃ小規模な鉱山町だ。主な製造品は携行武具。普通の火器よりかなり高価だから、実用というより趣味の品だね。それでも石工と石掘が百人、街を形成する生活者を合わせれば二千人近い人口を養っていたはずだ」
「……基地とはずいぶん違うな」
「あっちは採掘専門だったから。モッカのモッカたる所以は、むしろ加工も担う鉱山町にこそあったのさ」
自然に始まった頼の解説を早矢は興味深く聞いた。聳える山の大きさ、街が位置する高度は茶賣の基地と変わらない。しかしその周囲、早矢たちを取り囲む何層もの石壁と石造りの家々は、ところどころ崩れていながら基地にはなかった頑丈さ、街として経過した歴史の長さを表していた。石畳の通りはボートがゆうに入れる広さがあった。高低差ある階層に区分された街並みは、町と言うより城のように見えた。
「その通り。そしてお前たち西方商会は初めて訪れる場所だ。間違いないな、冶具?」
あたり見回していた早矢の注意を、ボートから降り立った茶賣の大声が引き寄せた。茶賣もまた周囲を見回し、二台のボートとそこから降りた十数人の顔を確かめた。
「コーデックの知識と工程を守るため、鉱山町への出入りを許されたのは運用上必要と認められた者だけでした。我々には地図上帳簿上の知識しかありません」
決められた台本を読むように冶具が答えた。茶賣は冶具を指さし頷いた。
「モッカ狢の厳格さには恐れ入る。つまり、この街のどこに何があるのかは住民しか知らなかった。しかも実際には――」
茶賣は言葉を切り、兵士の一人に指の向きを変えた。早矢たちとは別のボートでサリルタに先行していた猩々は、小銃を背負った大きな体を微動だにせず答えた。
「多くの建物に荒らされた形跡があります。コーデックは見当たりません」
「ご苦労、すでに墓は暴かれている。大モッカ壊滅からひと月、名の知れた町なら当然だ。ここにはもう、何もない」
それはこの場の誰もが理解している事実だった。加えて占領する同業者もいないとなれば、もはやこの地に価値ある物が残されているはずはなかった。しかし同時に、茶賣がこの地を選んだ理由もまた誰もが理解していた。
「だが、我らが夜目殿の預言は違う」
まず茶賣に、そしてすぐ全員から目を向けられ、早矢は緋色の外套で掌の冷たい汗を拭った。背後に立つ頼と冶具の存在だけがありがたかった。
もしここで失敗すればどうなるだろう。早矢は一瞬現実から逃避した。もし、墓のすべてが本当に暴かれているとすれば。
俺はモッカ狢の信頼を失うが、それは茶賣も同じはずだ。いや、だからこそ誤魔化すために狢を二人しか連れてこなかったのか。近衛という奥の手もある。だがもし、茶賣がこちらの目論見全てを見透かしているのだとしたら。早矢は今までの人生で一番固い唾を飲みこんだ。
「そこの工房に地下室がある」
早矢は手近な建物を指さした。当てずっぽうではない。早矢は清心から、茶賣の信頼を得るための情報を与えられていた。そこは隠されたコーデックの在り処として教えられた建物だった。 【Day 6 - A - 2に続く】
