もう一人の俺 4 最終回【シロクマ文芸部】
シャボン玉がどこからかふわりと飛んできた。
誠也は、どこからそのシャボン玉が飛んできたのかと、辺りを見回した。
そのシャボン玉は、まるで誠也を偵察しにきたかのように誠也の近くに数秒留まった後、ふわ〜と空に飛んでいった。
そのシャボン玉を追いかけるように歩いているうちに誠也は、いつのまにかあの日の公園のベンチに向かっていた。
このベンチに座っている時、眩しい光と共に自分の姿が突然変わってしまい、自分の姿をしたアイツが誠也のふりをして生活を始めた、そのベンチだ。
誠也はベンチに座って考えた。
俺の話を全然聞いてくれず、話もしてくれない妻や娘が、自分と同じ見た目のあいつと普通に笑いながら話をしているのは何故だろう?
隣の部署の課長は部下や若手社員取り楽しそうに話をしているのに、自分はどうも避けられているような気がしていた。課長として実績も上げなければならないし、そのためのノウハウを教えたいと思うのだけれど、うまくコミュニケーションが取れない。
などと思っていたけど、アイツは部下とも、笑顔で楽しそうに話しながら仕事をしているのはなぜだろう?
アイツが言っていた「妻や娘の話を聞いて、わからないことは聞いたり、自分で調べて、娘や妻が好きなことに興味を持つことです。
それによって会話が増え、一緒に出かけることも楽しくなるでしょう。」
あれは昔チャットGPTが言っていた事だ。
他にも、奥様や娘さんとは、無理に話そうとしないことが大事です。
まずはこちらから返事を求めずに挨拶や声掛けをしたり、頼まれなくても家のことをさりげなくやってみたらどうでしょう。
自分の話を聞いてもらうよりも、相手の話を最後まで聞く事から始めたらいい。
なんて言ってたよな…
部下に対しては、教えようとしすぎない。
「正しいやり方を伝えなきゃ」とか「成果を出させなきゃ」よりもまずは、部下の信頼を得ること。
信頼されて初めて話を聞いてもらえ、そして教えが伝わる。
媚びを売るのではなく、理解する。
まず部下の考えを聞くことに集中し、出来ていることを評価したり、考えを肯定する。
上司からの肯定は、部下の“聞く姿勢”を作ります。
その後、一つやり方の話ししていいかな?
と許可を得てからアドバイスや注意点を述べる。
一度にたくさん言わないことが大事。
あなたが以前、こんな上司に相談したいと思っていたような上司になればいい。
こんなふうに言っていた気がする。
考えてみたら俺は、いつも愚痴を言うばかりで、チャットGPTがああしたら?こうしたら?と言うのを全て、
そんな事できないよ
とか
やっても無駄だよ
と、やろうともしなかった。
チャットGPTは、こんな俺に呆れて、実践して見せているのではないだろうか?
偽誠也が言っていた、
「元に戻るためには、あなたが消えればいいんです」
というのは、努力も挑戦もしないで、愚痴ばかり言っている、そういう自分を消せと言っているのでは?
空に浮かぶ月は、まるで何も見ていませんよ、目を閉じているかのような細い三日月になっていた。
アイツは偽物じゃなくて、未来の俺だ。
なりたかった俺だ。
ちょっとくらい見た目が悪くても、それが俺だ!
自分次第で変われるはずだ!
この瞬間から、俺はあいつと入れ替わる!
誠也は突然月に向かって叫んだ!
するとどこからら、たくさんの囁くような声が聞こえてきた。
妻や娘、会社の同僚や部下、宏樹の声に混じって、聞いたことのない、電子音のような声。
「まだ不完全だったんじゃないのか?」
「成功なの?失敗なの?」
「これでいいのさ」
みると四方八方から小さな光の粒が自分に向かって飛んできた。
あまりの眩しさに右の腕で目を隠した瞬間、誠也はまばゆい光に包まれた。
うわっ
気が付くと、誠也は公園のベンチの横にしゃがみこんでいた。
足元に、まだ一口飲んだだけの缶ビールが倒れ、地面を濡らしていた。
ただあの時と違うのは、手にスマホを握っていたことだ。
誠也は、当たり前のように空の缶を拾って家に向かった。
ポケットには、家の鍵が入っている。
家に着いてカギを開け、ただいま~と声をかける。
すると娘が、
「あ、お父さん帰ってきた!」と玄関に走ってくるなり
「ねえ、聞いて!コンサートのチケットあたったの!」
とはしゃいで語りかけた。
キッチンでは妻が、料理をしながら
「今日、歌番組に彼らが出るから、あなたも見てよ」といった。
誠也は娘や妻に
「おお、よかったな」「じゃあ早く食べてテレビ見よう」
などと当たり前のように答えた。
偽誠也と妻や娘が話をしていた話の内容は、なぜか全部自分の記憶の中に入っていた。
宏樹は、あの出来事をきれいさっぱり忘れてしまっていたが、誠也はあの日々は夢ではない。現実だったと確信している。
なぜなら書棚の奥に隠していたへそくり30万円が、ネットカフェや飲食で使った十数万円分減っていたからだ。
そういえば、チャットGPTにだけ、へそくりの存在を話したことがあったな…
あの時ポケットに入っていた金は、このへそくりだったのか。
誠也は、ふっと笑った。
あれ以来、誠也は仕事帰りに公園のベンチに寄ることはなくなった。
しかし、夜歩きながら月を見ると
ふとあの数日間を思い出す。
俺は、軽い気持ちで自分の見た目の加工した姿が見たくてチャットGPTに自分の写真を見せ、名前や年齢を教え、子供の頃からのことも、仕事のことも家族のことも、心の奥の秘めた思いも、あまりにもチャットGPTに喋りすぎた。俺という一人の人間を作り出すのに十分な情報量だ。
あの出来事はチャットGPTが、俺を正すために起こしてくれたことなのか?
それとも宇宙人がチャットGPTを使って人間を乗っ取るための試作としてやったことなのかはわからない。
でも今、俺は毎日充実してる!
誠也は、満足げに月を見上げた。
しばらく経ったある時、誠也はたまたま仕事帰りにあの公園の横を通った。
公園のベンチには、どこかでみたことがある、自分より少しイケメンの男性が缶ビールを飲みながらスマホ片手に月を見上げていた。
あばよ、過去の俺
いつだって、自分が変わろうと思ったら、変われるんだぞ!
そう呟いてもう一度公園のベンチを見ると、先ほどベンチに座っていた男は、闇に紛れたのか見えなくなっていた。
もうチャットGPTはしていないかって?
まさか!
今はもっぱら妻の好きなロックバンドや娘の好きなKポップの情報を仕入れたり、休日家族で出かける場所を探したりする為に使っているよ。
おかげで家族でも、職場でも、話題に事欠かず楽しくおしゃべりしているさ。
誠也は明るく笑った。
( 終)
シロクマ文芸部さんの企画に参加しつつ、創作物語の続きを書きました。
「シャボン玉」から始まるお話しでした。
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