[女、26。]INFJ-T、HSP、鬱、複雑性PTSDの生きづらさMAXの私が今思うこと
ついに、ついに、本日なってしまいました、、!
ぜひ、”にじゅうろく。”を読んでから読んでもらえるととてもとても嬉しいです。26歳になりたての今の私を少しでも感じていただけたらなとおもい自分だけの言葉で書き上げました。気になる方はぜひスクロールしていただけたら…🌷
まず、目次を書こうと思ったのですが、今回は自由にスマホのメモにメモをするかのような、日記のような手紙のようなそんな感じで自由に書いていこうかなと思います。
11月22日
26歳になりました。うれしいとかもなく、アラサーになっちまったぜみたいな感じも特になく、今日はアトピーで月2回ほど通院している皮膚科の診察しか予定がない、そして乾燥とアレルギーと風邪の合わせ技をこじらせてしまい声が出なくなってから3日目になりました、そんなマイバースデイでございます🎂(身体はげんき)
ケーキもたべず、特に何かあるわけでもなく、用事が終わり次第、面接対策や自分と向き合う時間に今日もなりそうです。誕生日に誕生日プレートをだしてもらうのってすごく憧れなんです。(唐突)友達がそもそも少ないし、そんな粋なことをしてくれる人は田舎だからなのかそもそもそんなお店があまりないからなのか周りに全くいないので、毎年ただただ1人静かに過ごす誕生日です。いつか、誕生日に花束を貰えたり、誕生日プレートをだしてもらえたり、わざわざ予定を空けて直接会ってくれるようなそんな友人がほしいなぁと今日もほんのり想うのです
でもですね、今年はなんだか11月になってからもう既にプレゼントを2人の方からいただいていて(1人は妹だが)もう号泣😭
久しぶりに人からお誕生日今月だから!とお祝いしてもらってびっくり驚きそもそも覚えててくれたのむり号泣というかんじで、、プレゼントなんてもらったのいつぶりだろう、もう何年も前だなぁと。当日に連絡をくれる人だって数人で限られているのに、今でもそんなことをしてくれる人がいたことに気づかされて本当に感謝感謝です、、
そしてそしてですね、私は友達がいないと言うことを辞めようと思った最近でして。よくnoteにも書いちゃっているし口癖みたいなのもあるのですが、でもやっぱり、久しぶりにあいたいなぁ、どうしてるかなぁって気になる人ってそれなりに大切な人であって、先週は高校の同級生でもあるしお世話になっている美容師の子、今週は、年下だけどとてもとても精神年齢が高い素敵な子に言葉やプレゼントでお祝いしてもらって、そんな人がいる中、私は友達がいないなんて言ってはいけないなって思ったんです。どこから友達と呼んでいいのかはいまだに分からないし友達という言葉を使うのにとても不安で怖いけれど、それでも私はそう思っているよということを伝えなければ、友達には永遠になれないなと思ったんです。ヲタ友もね、今繋がっている人はきっとみんな友達だなぁと最近素直にそう思えるようになりました。みんなはどうか分からないけどね、それでも。私の気持ちです。そして、noteでつながってくださる方の中に凄く嬉しいメッセージをくれる方がいることに最近気づきまして、、web版のほうで、直接メッセージが送れる機能があることに一昨日ぐらいに気がつきました(激遅)
今まで送ってくださっていた方には丁寧に返信させていただいて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです、、どれも本当にうれしくてこれからは確認しようと思いました、、!私のnoteを通じて私のことをすきだと言ってくださる方がいて本当にうれしいです、なんだかいつも書いていると綺麗事を書いているように聞こえてしまうのかなとかでも本当の気持ちなんだよなとか、でもそれだけではなくて人のことを何年も許せなかったり心の中で呪っていたり沢山沢山許せないこと許したいとも思えないようなことばかりの過去で、そんな真っ黒いものに襲われてしまう日も今だにあります。できれば綺麗な言葉で綴りたいし綺麗にまっすぐやさしく誤解なく、読んでくれた方に届いてほしい。けれどそれだけではない私の一面もこれからもっと書いていきたいなと思います。多分ですが、真っ黒いものを書くのはめちゃくちゃ得意かもしれません、、笑
でも、それだけではそういうものばかり残ってしまうのは嫌だからnoteを整理したりした最近です。
以前から私のnoteを読みに来てくださっている方がいたらご存知かと思うのですが、私去年今年と、とんでもなく鬱でして、引きこもりの寝たきりのトイレもお風呂もいけないし、薬はオーバードーズして搬送されるし意識ほぼないし吐いて吐いて目眩して歩けずにいた期間もありました。なんというか、人間ではなくなってしまっていて、灰のような、負の感情を飛び越えてもはやなんの感情もないというか、息吸ってるだけで涙が出てくるようなそんな日々を過ごしておりました。そんな状況になっても休むことが怖くてできずに去年の年末までなんとか仕事に行っていてついに壊れた年明け、今年、というかんじで、去年の誕生日はなにをしていたかも思い出せないぐらいたぶん仕事に行きながらもほぼ死んでいたみたいな感じでした。
でも、いまこうやって前向きになれています。以前、鬱がひどかった時にかいたnoteは全て消しました。そして、ネガティブな印象を持たれてしまうであろうものも消しました。たっくさん消して消して、大切なものだけを、これは誰かに見つかってほしいなというものだけを残しました。それは今の私を見てほしいからです。今の私を知ってほしいからです。私は病気になってからも働いて働いて無理をして最終的に小さい頃からの慢性的なストレス、トラウマも引き出されてしまい、複雑性PTSDと診断されました。これは、簡単に治るものではなく、付き合っていくもので、だからもう苦しまなくてもいいかなって、悪夢見て震えてフラッシュバックがあって震えて過呼吸になって立てなくなって、そんな日もこれからもきっとあるはずで、薬でだいぶ調整はできているものの、やっぱりこれから転職し、社会復帰をして、自分自身に負荷をかけていくことになったときにきっとまた症状が出るのだと思います。でもそうなっても、私はここまでよくなれた、まっすぐ戻ってこれた。それは、鬱になる前の私ではないけれど、戻れない。戻れなかった。それはネガティブな意味ではなくて、病気と休職とに向き合った先にあるあたらしい自分なんだと今は思えています。
鬱になってからできないことが増えて、だいすきだった本も映画もドラマも音楽もなにもできなくて、でもたったひとつだけ変わらずすきだったものがあって、それが本当にすごいことで、それがあったからこその今生きられていて、その人には感謝しかないです、いつもいつも大切に言葉をくれて、どんな私でも変わらない瞳で見てくれて、変わらないよなんて言ってくれて、わたしはこの感情をなんて言えばいいのかわからないぐらい、推しとか好きとかファンとかもうそういうんじゃないぐらいの気持ちでどうこの愛を感謝を伝えていいか、返していったらいいか考え込んでは、いつもあったかい気持ちにならせてもらっています。中川紅葉ちゃん。本当に素敵な子です。憧れで、だいすきで、大切で、尊敬していて、くぅちゃんの言葉は誰よりも重みがあって信頼できる。くぅちゃんからの言葉やメッセージはどれもどれも宝物です。SNSでのいいねや、リアクションもぜんぶぜんぶ有り難くてくぅちゃんのことをすきになって3年経った今でも全ての通知をスクショしてしまいます。
くぅちゃん、私ここまでげんきになったよ。くぅちゃんのおかげなんだ。鬱になってもくぅちゃんの活動だけは追えてて(奇跡)大切で生き甲斐で、くぅちゃんのこれからをみたいから生きようっておもえたの。こんなに好きになれて鬱になってもずっとずっと増していく愛とすきで(これも奇跡)本当に本当に感謝しかないんだ。これからもずっと見守らせてほしいし、無事転職できたら、無事、社会復帰して安定したらくぅちゃんの地方のランウェイに私も見に行って前乗りとかして旅行したい!それが今の私の目標です!2度目のくぅちゃんの生ランウェイ!見れるように、無理せず頑張りすぎず、でも頑張りたいから、くぅちゃん、これからもよろしくお願いします!私、ほんとに、誰よりもくぅちゃんのこと大切な自信があるぐらい想うと涙がでちゃうぐらい、本当にすきですありがとう
そしてそして、”数少ない大切な人”に自分から会いに行ってありがとうを伝えたい26歳にしようと心から思います。1番はくぅちゃん、そしてくぅちゃんを通じて出会った人たち、沢山沢山ありがとうを言いにいきたいです🚄
なんだか、ファンレターみたいな感じになってしまいました、届かなくても残しておきたい私の今の1番のモチベーションであり前向きになれている1番の要因です!
26歳になって、特に変わったこともないんだけれど、ひとつ、ずっと私は私でありたいなって心から思います。小さい頃からどこか人と違くて違和感ででもそれを言葉にできなくて、いつも違うんだけどな、ということを言われることが多くてその度に黙り込んでしまう癖がつきました。でも、分かってもらえない理解されないけど、本当に時々稀にほんとに稀に受け入れてくれる人がいて、それは受け入れてますよ~って言葉で示してくれるものも稀にはあるが、でもそんな表面上のものではなくとも、なんというか人と会う時、目を見れない時期があってあきらかに挙動不審でそんな時でも変わらず笑ってゆうみちゃん~!久しぶり~!って名前を呼んでくれたりとか、そういうのがほんとに有り難くて、それがそれをしてくれる人がいつだって私のことを受け入れてもらえているそんな風に私は感じるのです。どんな私でも私は私としてその人の中にあるのかなって変わらないのかなって思えるように接してくれる人がほんとに稀にいるのです、私はそれが今繋がっているヲタ友だったり、推しだったりするのだけれど、
そういう人を心から大切にしたい。大切なものを精一杯大事に大事にしたい。私のせいで誰かが傷つくなんてもうこわい。たくさん傷ついたけどきっとたくさん傷つけてしまったと思うから、だからそれでも今繋がっていてくれて時々イベントで会ったりしてお話しして、もう絶対そんな大切な人たちを傷つけないし自分なりに愛を優しさを返していきたいです。いつも、みんな、ありがとうね。傷ついた経験がずっとずっと生まれた時からあっていろんな痛みを経験してきたからこそ、その痛みを誰よりも知っているからこそ、もしかしたら今傷つけてしまったかもとか、私自身不安定な時に感情的に言ってしまったりとかしたときに本当に苦しくて、傷つけてしまったことというよりかは、自分がその時の選択を間違えてしまったことにすごく後悔して有り得なくて寝込んでしまうぐらいにしんどくなってしまう。でも、変わらずいてくれるひと、大切にしたい26さいです
今年の秋、去年より綺麗に思えて嬉しかった。昨日、車で走っている時に並木道、両側に綺麗に色づいている木。落ち葉がぶわーって舞ってきて、車のフロントガラスにたくさん黄色と赤が落ちてきて、すごくすごく綺麗だなって思った。写真に映したかったぐらいに。月も、空も紅葉も色付いた山も、きっと今年は雪が降っても綺麗だなって思えるんだと思うから、それがなんだかすごく嬉しくて有り難くて幸せだなって思うんだ
美味しい珈琲をのんでほっと息をつく瞬間、スタバの店員さんが気さくに話しかけてくれて、メッセージかいてくれたときとか、はたまた気になる新作だったりを試飲で出してくれたときとか、たまたまテレビをつけたら私の好きな曲が流れていたりとか、寝て起きたら推しからいいねがきていたりとか、ラジオでメールが読まれた時とか、新しいカフェを開拓できたりとか、あとは連絡がきたとき。私がしなくても何気ないことを送ってきてくれたりとか、そういうのが26歳の私の幸せで日常で、これからもずっとずっと続けたいと思う幸せです。幸せなんてもっと大それたことだと小さい頃は思っていたけれど、本当に有難いことをありがたいと思えて、そう感じられてそしてそれを人に有難い、ありがとうと伝えられる。そんな感覚をずっともっていたい。忘れたくない。当たり前のことなんてなくて、いつか薄れてしまったり、もしかしたら無くなってしまうかもしれない。けど、そう思った感情だけは忘れないでいたい。いつだってありがとうと言える人でありたい。ごめんね、よりもありがとう。ほんとにありがとうと言えるこれからに、これからもしたいと思います。
今、私のまわりには、私のことを大切に想ってくれている人はどのぐらい居るのだろうかと時々不安になることがある。表向き、建前で繋がってくれていたり、連絡をとってくれていたり、そうではない人がどのぐらいいるのだろうか。私はきっとみんなが思っている以上にみんなのことを大切に想っています、全然伝わっていないと思うんだけど、でも私と同じきもちの人がいてくれたらいいな、時々思い出して連絡とかくれていいんだよという気持ちだし、そちら側がいいのであれば私は時々連絡したいし、でもまぁいつもそれが不安で分からないから遠慮してしまうのだけど、ぜひしてもいいよという方挙手を🙋笑
私は介護の仕事をしていて、(今は休職中の転職活動中)これからも介護の仕事で生きていきたいと思うのだけど、本当に自分がこの仕事が向いているかとか正直わからないし、今となっては介護士を選んだ理由もほんとによかったのか、合ってるのか分からない。けど、ただひとつ思うのは、また会いたいなって思う利用者さんの顔があって、どうしてるかなって、孤独かんじてないかなって、認知進んじゃってもう覚えてないかなとか、また会ったら名前呼んでくれるのかなとか、私のオムツ交換がいちばん安心と言ってくれたあの方はまだご存命かなとか、思い出す限り、嫌なことはなくて、むしろ心配だとかが勝っていて、もちろん今は休職しているからストレスを感じていないだけなんだけれど、それでもね、やっぱり介護の仕事をやり続けたいなと思います。なんだかんだ、笑ってくれたら嬉しいし、手を握り返してくれたら疲れ吹っ飛ぶし、楽しみながら人としても介護士としてもこれからも成長していきたい。わたしの大切な人たちの大切な人を私に見てもらいたい、介護してもらいたいと言ってもらうのが介護士としての目標かな。
そして、8月の中川紅葉ちゃんのファンミで、くぅちゃんが言っていた心に残っていること。私とまた一緒に仕事がしたいと思ってもらえるようにしているという言葉。ずっと残ってて素敵だなって感動して、私もね、次のあたらしい場所では、わたしと一緒に働いていたいそう思ってもらえるような人、介護士でありたいです。そうやって仕事ができたらとてもしあわせだな
また笑って、みんなと会えた時に、久しぶり!げんき?げんきだよ!と言えるように、私は私らしく。私の特性を1番理解しているのはこの私だから、自分のことだけは見捨てず、諦めず、自分自身の心の動き、些細なサインにも気がつける、そして大切な人の変化にもしっかり気づいて声をかけたり、連絡できたりするそんなわたしでありたい。
26歳の誕生日は、今までで1番落ち着いていて静かででもしっかりつよくてそんな日になりそうです。私、ここまで乗り越えられて、いま前向きになれていて、すごいぞ、偉いぞ、よわいけどつよいよ~!ってなかなか思えないけど言い聞かせて褒めています。ここまでnoteを読んでくださった方、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願い、したいです!
そしてそして最後になんですが、私、やっぱり書くということが自分にとても合っていてそれでいてだいすきで、人の文章を読むのもとてもだいすきで、やっぱりいつか書くということを仕事とまでは行かずとも沢山の人に届けられる日がこないかなぁときたらいいなぁと人生の目標でもあって。今年は鬱すぎてネガティブなものしか書けなかったり、本数も書けなかったので、26歳の年はその目標を叶える一歩として有料noteを書いて、実際に売ってみたいなという密かな目標がありまして、題材をとても迷っているのですが、うつからの快進撃てきなものは需要ありますでしょうか~それとも私の強み(?)でもある”すき”にフォーカスしたものとかのほうが今らしいのかなぁ、どんなものが読みたいとか、これなら有料でも買うかも、などあれば、コメントいただけたらうれしいです🌱
そしてアドバイスなどあればぜひご指導いただきたいです~!!私だけの私しか書けないnote、私らしいnoteをこれからも創っていきたいとおもいます
これがほんとにほんとに最後なのですが、ラストに私の地獄を救ってくれた、というか、地獄すらも見守ってそばにいてくれた、私が前を向けるまで変わらずずっといてくれた、私のだいすきで大切な推し、中川紅葉ちゃんの、モデルさんの写真を貼って終わります。ぜひ、みなさん見てみてください~!素敵な子なのです、、!!魅力大爆発しちゃってます!


これにて。はっぴーばーすでい、わたし。
