誰が押してる?どこにある?~公印のリアル【前編】
こんにちは、補助金の「中の人」、ヒルです。
今回から2回に分けて、お役所の文書に押されている「公印」のお話をしたいと思います。
公印が少ーしだけ脚光を浴びた「豊洲移転問題」
今から9年前、築地市場の豊洲移転問題にマスコミが火をつけたが世間を騒がせたことがありました。
その争点の一つが、豊洲の用地に盛り土をしない設計変更等の条件について、売主の東京ガスと買主の都が結んだ協定書でした。
協定締結当時都知事を務めていた石原慎太郎氏の名前と公印が協定書にあったにもかかわらず、石原氏が「押印した記憶が無い」「職員が押したんじゃないか」と記者会見で述べたことで、マスコミがこぞって追及を始めました。
「書類に知事印が押されているのに、なぜ覚えていないのか」と。
鬼の首を取ったようなバッシング報道を前に、全国の公務員の皆さんは「いや知事が自分でハンコ押すわけないやん……」と突っ込んだことでしょう。
ボスには「与り知らない仕事」が山ほどある
後日、石原元都知事サイドから出された「記者会見訂正文」には、公印の実務が端的かつ解像度高く綴られています。
次に、契約書への捺印について申し上げます。都知事名義の契約書に捺印する印鑑(公印)は、管理する者がいて、捺印する時には、知事自身が押印するわけではありません。その際、契約書が都知事名義であっても、必ずしも、都知事が自ら決裁するとは限りません。例えば、今回問題になった東京ガスに78億円のご負担をいただいた前記協定書は、東京都が住民訴訟に証拠提出している2011年当時の決裁文書によれば、決定権者は(決裁文書に「決定権者」という捺印用の欄があります。)、当時の市場長でした。つまり、協定書本書には都知事の公印が押捺されているものの、都の内部的には、決裁権限が市場長に委ねられていたということです。
記者会見訂正文.pdf
太字部分を要約すると、ポイントは2点あります。
知事の公印は知事は管理しないし押さない
知事の名前で出る文書であっても知事が決裁していない
国務大臣、知事、市区町村長。いろんな行政庁に「ボス」がいますが、1年間で発行される公印付き文書の数は、1ボスあたり何万通にも上ると推定されます。
文書の内容を全てご本人が確認して押印していたら、それだけで1年が終わります。ほかの重要な仕事ができません。
そのため、事務の決裁権に関して「こういった規模感・内容なら部長」「この規模だったら課長でOK」ということを明文化のうえ権限移譲しています。これが上記の2です。
そしてガバナンス上、事務の決裁権限と公印の管理権限を分離させる。これが1です。
どこの行政庁も同じ運用だと思います。
要するに、ボスの名前で出て行ってるのにボス自身は与り知らない仕事が山ほどあるわけです。
本人が公印を押すのは「見せたい」ときだけ
数少ない例外があります。
調印するところを演出として「見せたい」ときです。
たとえば新しく工場が立地するとか連携協定を結ぶなどの理由で、民と官のトップがそろい踏みしてセレモニーを行うとき。
もっといえばトップ同士が調印したという画をメディアに撮影させて大々的に知らしめたいという目的があるときだけです。
令和8年4月現在、最近執り行われた協定締結式を調べてみました。
北海道中標津町 - 高齢者の地域見守り活動に関する協定調印式
画像を拡大すると、書類の右下に赤い印影が見えます。
宮城県加美町 - 加美町町有林J-クレジット創出事業に関する協定締結式
これは印影が見えません。おそらくサインです。近年脱ハンコしてきているので、印影ありの協定書を探すのも難しくなってきました。
翻って東京都と東京ガスの件ですが、とても実務的な合意であり、知事が演出として登場する案件ではなさそうです。
市場長が決裁して担当者が押した。実務感覚に照らしても確からしいシナリオだと感じます。
ちなみに協定締結などのためにボス自身が公印を使う間、他の職員は使いたくとも使うことはできません。「この時間は公印使えないからね」と協定締結式の日時が庁内イントラでアナウンスされるほどです。
理由は、公印が1個しかないから、そして番人が管理しているからです。
次回は、公印のガバナンスを司る番人vs公印を押したい職員の悲喜こもごもを記します。
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