絶対に滑ってはいけない押印24時~公印のリアル【後編】
こんにちは、補助金の「中の人」、ヒルです。
前回の記事では、知事や大臣などのボスが自らハンコを押すことはほとんどないという公印押印の実態、そして例外である「演出としての押印」についてお話ししました。
今日は、そのハンコを実際に押す現場から、押したい人vs番人、押したい人vs押したい人、の悲喜こもごもをお届けします。喜劇だと思って読んでいただければ幸いです。
同じものは二つとない
先の記事でも述べたとおり、公印は文書偽造防止の観点から世界に一つしかありません。
厳密に言えば出張所用もあるのですが、それは「●●事務所用」と彫られているので、やっぱり同じ物は二つとありません。
前回の記事で紹介した築地市場の豊洲移転問題にまつわる報道記事では、協定書に捺された印影を確認できます。
よく見ると「東京都知事」の上下に「中央卸売」「市場専用」と彫られているように見えます。
これは、決裁権限が市場長に委ねられていたとする石原氏の発表とも符合します。
例えば、今回問題になった東京ガスに78億円のご負担をいただいた前記協定書は、東京都が住民訴訟に証拠提出している2011年当時の決裁文書によれば、決定権者は(決裁文書に「決定権者」という捺印用の欄があります。)、当時の市場長でした。つまり、協定書本書には都知事の公印が押捺されているものの、都の内部的には、決裁権限が市場長に委ねられていたということです。
記者会見訂正文.pdf
なお、経年劣化で欠けてくると公印を新調します。
その際も「○月×日から新しい印影に変えるので、文書の施行日と印影に留意すること。○月×日以前にバックデートする必要のある文書が出てきた場合は、旧公印を使うこと。」といった通達がイントラに流れます。
広げようのないボトルネック
公印が必要な文書を出すとき、担当職員は書類を抱えて公印の番人を務める部署へ向かいます。そこで審査を受けてOKを貰ってから、担当職員が自分の手でボスの公印を押すのです。
年度末から年度始めにかけて大量の文書が飛び交う季節には、公印が仕事のボトルネックになります。一つしかないのだから当然です。押印テーブルの前には職員の大行列。
100枚に及ぶ文書に次から次へと公印を押しながら、背中に刺さり続ける「早くしろや」という無言の殺気と視線。
後ろの人に枚数を聞いて1枚2枚だったら、空気を読んで先に押させてあげる。5枚くらいでも譲るかな。10枚超えたら・・・どうだろう。
公務員は思いやりと労りの文化です。これが無ければ職場の秩序は瓦解しかねません。
また、押印スピードを上げてなんとかボトルネックを広げたいのですが、拙速にはできない事情があります。
失敗は許されない。押し間違えたら没収、やり直し
この押印作業、実はかなりプレッシャーがかかります。
公印は象牙などの硬い素材で、とにかく滑りやすい。(ゴムのように柔らかい素材だと印影が歪んでしまう)
その代わり下に印鑑マットを敷くんですが、それでもグリップの効かない象牙でグリップの効かない紙に圧をかけるのだから滑ります。
もし押印に失敗して印影がブレたり欠けたりしたら押し直しになりますが、同じ文書が2つ流出したり偽造に使われることを防ぐため、失敗した文書は取り上げられて処分されます。
そして確実に自分の部署に帰って文書を印刷するところからやり直しになるので地味に堪えます。極力やり直しは避けたい。
そしてボスの名前と公印の威厳を借りる手前、ヘタな印影は押せない。
だから押印はすっごく神経を使います。
若かりし頃の私もやらかしたことがあります。契約書に押した公印を持ち上げたら、印影が90度横向いてました。
血の気が引きましたが、自社保管用の1部にこっそり充ててシラを切ったのはここだけの秘密です。正方形の印鑑が90度回転しててもぱっと見わかんないし。
また不慣れな人向け? に公印の試し押印もできるのですが、その紙さえ回収される徹底ぶりです。
制度を支える「番人」の存在
コロナを機に契約書は電子化、協定書はサインに舵が切られ、文書から公印が消え始めています。
しかし、対等な当事者が交わす契約書や協定書はともかく、補助金の交付決定通知や許認可証のような「役所が権限を行使する証しとしての文書」には、出処と正当性を担保する証拠として公印が欲しいところです。
不自由な行列や番人の厳しい目、そして押し間違いへの恐怖。
非効率で昭和の遺物に見えるこれらの厳しいガバナンスが、行政文書の正当性と権威に文字通り「お墨付き」を与えてきたのは確かです。
そうは言いつつも、今回ご紹介したような公印の四方山話は、少しずつ昔話になっていくんでしょうね。
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