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心が死にかけてる時、世界はやけにうるさい。

心が限界に近づいている時ほど、
世界はやけにうるさく感じる。

誰かの笑い声。
電車のアナウンス。
スマホの通知。
学校のチャイム。
SNSで流れてくる楽しそうな投稿。

普段なら気にならないような音が、
全部頭の中に刺さってくる。

たぶん、心に余裕がないんだと思う。

人は元気な時、
いろんなものを自然と受け流せる。
少しくらい嫌なことがあっても、
「まあいっか」で終われる。

でも、心が死にかけてる時は違う。

小さな一言で傷つく。
ちょっとした態度で「嫌われたかも」って思う。
返事が遅いだけで不安になる。

本当は相手にそんなつもりなんて
ないのかもしれない。
でも、
弱った心は全部を悪い方向に受け取ってしまう。

世界が敵みたいに見える日がある。

誰も自分を責めていないのに、
勝手に「責められてる気」がする。

誰も期待してないのに、
「ちゃんとしなきゃ」が止まらない。

そのくせ、何もできない。

やらなきゃいけないことは分かってる。
返信もしなきゃ。
課題もやらなきゃ。
お風呂も入らなきゃ。
寝なきゃ。

全部分かってる。

でも、心が動かない。

身体じゃなくて、“心”が動けなくなってる。

それなのに世界は止まってくれない。

朝は来るし、
学校も仕事も始まるし、
SNSを開けば誰かが前に進んでる。

自分だけ取り残されていく感じがする。

みんな普通に生きてるように見えるのに、
自分だけ呼吸が下手になっていく。

「甘えじゃん」
「考えすぎじゃない?」
「もっと頑張れば?」

そんな言葉を言われたわけでもないのに、
勝手に頭の中で再生される。

だから余計に苦しくなる。

頑張ってないわけじゃない。

むしろ、
限界まで頑張った人ほど、
急に動けなくなるんだと思う。

ずっと無理して、
ずっと空気読んで、
ずっと「大丈夫なふり」を続けてきた人ほど、
ある日突然、心が静かに壊れていく。

でも不思議なことに、
そういう人ほど周りには気づかれない。

ちゃんとして見えるから。
笑えてしまうから。
「いい人」でいようとしてしまうから。

だから一人で抱え込む。

苦しいって言えない。
助けてって言えない。
迷惑かけたくないから。

でも、本当に限界な時って、
「助けて」
すら言う体力がない。

ただ静かに、全部がうるさい。

人の声も、
光も、
音も、
未来のことも。

生きることそのものがノイズみたいになる。

何をしても疲れる。
誰といても疲れる。
一人でも疲れる。

ちゃんと眠ったはずなのに、
朝起きた瞬間からもう疲れてる。

「生きる」って、
こんなに難しかったっけって思う。

昔はもっと簡単に笑えてた気がする。
もっと素直に楽しいって思えてた気がする。

でもいつからか、
考えすぎることが癖になって、
傷つかないように生きることばかり
上手くなってしまった。

その結果、心がずっと緊張したままになった。

だから少しずつ、少しずつ、疲れていく。

誰にも気づかれないまま。

でも、
本当に心が死にかけてる時に必要なのって、
「頑張れ」じゃないと思う。

もう十分頑張ってるから。

必要なのは、
安心できる時間だったり、
ちゃんと眠れる夜だったり、
何も考えなくていい瞬間だったりする。

「何もしなくていいよ」って言葉だったりする。

ずっと頑張り続けるなんて無理だ。

人間なんだから、壊れる日もある。

ちゃんとできない日もある。

返信できない日も、
起き上がれない日も、
泣く理由すら分からない日もある。

それでも、
生きてるだけで十分な日は、確かにある。

世の中は、
「頑張ってる人」が偉いみたいな空気がある。

でも本当は、
壊れそうになりながら今日を終えた人も、
十分すごい。

誰にも褒められなくても、
何も成し遂げられなくても、
ちゃんと今日を生き延びた。

それだけで、本当はかなり頑張ってる。

心が死にかけてる時、世界はやけにうるさい。

でも、そのうるさい世界の中で、
静かに限界と戦ってる人がいることを、

わたしは忘れたくない。



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