曇りガラスの向こう側 #022「月齢部隊長」
すると、扉は開いた。
開けてくれたのは五百蔵だった。促されて室内に入ると円卓を囲む四人の男女と、上座に並ぶ凪。五百蔵は凪の隣にあるもう一つの上座の席に座った。
「つづる君、待っていたわ」
凪の柔らかな声が響く。だが、円卓を囲む「四天王」の視線は、それぞれに異なる重みでつづるを射抜いた。
「紹介するわ。月齢部隊の各隊長よ」
凪が順番に指し示す。
執事でもあり、月齢舞台の総帥であり、単騎で「望月」を任されている五百蔵。
「新月」の久世沙織は、大学の4回生だという。「昨日は助かったわ」と短く、けれど真摯に告げた。
「上弦ノ月」の影山誠一は、プログラマーらしい無機質な視線のまま、軽く顎を引く。歓迎というよりは、新しく導入されたシステムの性能を確かめるような冷静な関心だ。
一方で、食堂でおかんらしさを振る舞っていた「下弦ノ月」の一ノ瀬志乃は、今は管理官の顔をしている。ただつづるにわずかに眉を和らげたのは、彼女なりの労いだろう。
そして最後、つづるをもってもその場にいる存在を感じさせない「三日月」の九条蓮二だ。彼は背もたれに深く体重を預け、目を瞑ったまま動かない。
一通りの顔合わせを終えると、凪の表情が「当主代行」のそれに切り替わった。
「本題に入るわ。デリート体の生成サイクルから見て、一条たちの次なる攻撃は一週間以内。それまでに、下弦と上弦で候補地を特定し、昨日のシミュレーションを活かした迎撃体制を整えて。それと……近々、加地もここへ来る」
四天王たちが一斉に表情を引き締める。特に微動だにしていなかった「三日月」の九條は加地の名前を聞いて若干揺れた感じがした。凪はつづるを見つめ、意外な言葉を続けた。
「それと、つづる君について。彼には特別な訓練や処置は施さないわ。彼は高校生よ。皆、それぞれの立場で普通に接してあげて」
凪はつづるに微笑み、いくつかの指示を告げる。
「つづる君。あなたの任務は三点。学校の宿題をこなすこと。屋敷の誰かを誘って京都の街を見て回ること。そして、一日に一度は、顔を倫に見せてあげて。彼女、すずの影響もあって加速度的に回復しているわ。あなたが来るのを待っているのよ」
凪はそういうと傍からカゴに入れたすずを持ち上げ、自らの両膝に載せた。改めてその外観、猫とインコが混ざった生き物を五百蔵や四天王も興味深く眺めている。
「……あ!すずのこと忘れてました。あとどうしてすずって名前を……?」
「この子に名前を聞いたら、自分ですず、すずって言っているわよ。インコのようでもあるし言葉を覚えるのかしら」
凪がかごの扉を開けると、すずは羽を広げて飛び、つづるの肩に飛び乗った。
「とにかく、あなたの日常が安定していること、そして京都をもっと知ってもらうことが失われる膨大な記録の定着の精度向上に繋がるのよ。夏休みでもあるんだし、オンオフしっかりね」
つづる以外の大人達も凪の言葉に頷いた。つづるはその様子に少し安心感を覚える。肩の上のすずも「ミュイッチュー」と凪の言葉に応えた。
