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映画『おーい、応為』を見てきました(ネタバレあり)

 きのころさんの、この記事で『おーい、応為』という映画の存在を知り、葛飾応為も北斎も好きな私は、興味津々。先日、早速見てきました。

 賛否両論あるかもですが、この映画、私は、楽しめました

 冒頭、まだ「葛飾応為」の名前をもらう前のお栄さん(北斎の娘)が絵師である夫と大喧嘩して、啖呵を切って家を出ていくところから始まります。なかなかの迫力です。夫の絵を下手くそすぎて見てられない、と言っていました。

 で、家を飛び出して、北斎の住居兼アトリエに帰ってきます。この北斎の家はいわゆる「ゴミ屋敷」(「屋敷」というには狭いけど)です。足の踏み場もない床を、素足でのしのし踏みしめつつ、家の奥まで歩き、ゴミだらけの床に、だらしなく寝転ぶお栄さん。

 いや、「だらしなく」っていう表現は、ちょっと違うかな。私が同じことをすると、単に「だらしなく」なるのですが、お栄さん(て、いうか、長澤まさみ)だと、そのしどけない様子が、妙に色っぽくて、艶っぽくて、粋なんですよね。

 その後も、長澤まさみは、床に、地面に、寝転びまくるのですが、すごく艶っぽかったです。でも、いやらしくない。地味でスッキリしているけど、なんとなく、あでやかです。

 当時、(というか、昭和や平成でも)こういう形で、娘が離婚すると、「夫の絵を下手だと思っても我慢しなさい。夫をうまく持ち上げて、働かせて、内助の功で女房の勤めを果たしなさい」なーんて、説教する親がわんさかいたと思うのですが、北斎は、もちろん、そんなことは言いません。「わっはっは」と笑っていました。さすが。

 それから、北斎とお栄の同居生活が始まり、やがてお栄は、結婚前のように、絵を描き始めます

 長澤まさみのお栄がいいんですよねー。着流しで、大股ですたすた歩く姿はサマになっているし、髪の毛も日本髪に結ってなくて、適当に束ねていて、当時の規範にハマってなくて、すごく「自由人」な感じなんですよ。基本、リラックスしていて、変な「力み」が全くないところもよかったです。本当に描きたくて絵を描いている感じ。
 一人称は、「俺」だし、父親を「鉄蔵」って呼び捨てするし、もちろん、ゴミ屋敷を片付けたりしない。誰もそんなお栄を叱ったり咎めたりしないのも、見ていて心地よかったです

 しゃがんで、蕎麦をずるずる食べているシーンなんかも、豪快でよかったです。このシーンを見て、昔、『北斎漫画』という映画で、お栄役の若き日の田中裕子が、同じようなしゃがみ方で、蛙とにらめっこしていたシーンを思い出しました。

 『おーい、応為』には、印象的なシーンがいくつかありましたが、私が一番、「すごい」と思ったのは、応為がお侍さんに啖呵を切るところ。最初のシーンで、夫に啖呵を切っていたのは、布石だったのだな、と思いました。

 身分制度が厳しく、性差別も激しかったであろう、この時代においても、お侍と人間対人間として渡り合う応為。あらゆる規範から自由だからこそ、できることだと思います。当時の普通の女性と比べると、一風変わってはいるけれども、まっすぐ育っているなあ、と感じました。
 また、このお侍も、一本筋の通ったお人なんですよ。二人の睨み合いは見応えがありました。

 そういえば、応為は、元夫の絵について、「普段から斜に構えているから、まっすぐな絵が描けない」みたいなことを言っていました(うろ覚えですが、だいたいこんなニュアンスです)。
 つまり、応為は、物をまっすぐに見ているということなのでしょう。あらゆる規範から自由で、世の常識とやらに縛られていないのは、北斎も同じで、そんな父の姿を見てきたから、物をまっすぐに見られるのかも知れません。

 とにかく、長澤まさみの魅力が全開です。私は、特に長澤まさみのファンでもなんでもありませんが、圧倒されてしまいました。
 主役の応為を食わない範囲で、変人ぶりを発揮する北斎役の永瀬正敏も良かったです。他の出演者の演技も良かったです。

 ハラハラドキドキの展開がある映画ではありませんが、私は最後まで飽きることなく、楽しめました。芸術の秋に適した良い作品だと思います。


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