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時間だけが正確だった

前回の記事の続きになります。

12時10分ちょうどにサポートルームの部屋へ入ることが定着して、約10日間。
毎日登校しているわけではない。
それでも、わずかな時間のズレすら許されないというプレッシャーが、私の心を少しずつ削っていった。

学校にいる時間は、たった1時間半から2時間ほど。
けれど、その短さとは裏腹に、登校前の準備、送迎、帰宅後の対応まで含めると、それだけで半日が消えていく。
ようやく何かを考えられる時間が訪れても、私の体はすでに疲れ切っていた。

9月から続いていた、職場と息子の小学校を行き来する生活。
その往復の中で積み重なった疲れやしんどさは、仕事を辞めたからといって消えるものではなかった。

仕事を辞めれば、時間の拘束からは少し解放される——そんな期待も、確かにあった。
けれど現実は、私の心境も状況も、ほとんど変わらなかった。
職場のことを考えなくなった代わりに、今度は金銭的な不安が頭を離れない。
支払いのこと、日々の生活のやりくり、これから先の仕事のこと。
さらに12月という季節柄、クリスマスやお正月のイベントのことまで。
考え始めると、不安は尽きなかった。

現実の重さがのしかかる中でも、息子の付き添いだけは、変わらず続いていく。
送迎して帰ると、すぐに給食の付き添いでまた学校へ向かう。
「学校に行く」というより、「学校と家を往復する」だけの日々だった。

学校対応だけでも消耗していたが、それだけではなかった。

12月初めには、来年度を支援級にするか通常級にするかを決めるための懇談が控えており、その前に医療機関への相談も必要だった。

懇談が終われば、それで一区切りというわけでもない。通級の申請についての説明で再び学校へ足を運び、書類を提出しなければいけない。
児童集会などの午後の付き添い、行事も重なり、やるべきことは次から次へと押し寄せてきた。

そんなふうに私が慌ただしくしていた時期に、息子は体調を崩し、インフルエンザにかかった。11月にも、嘔吐と発熱で10日近く学校を休んでいる。回復期の息子にとっては、短時間で別室登校とはいえ、学校へ行くだけでも相当な負担がかかっていたのだと思う。

例年に比べて、体調を崩す回数が明らかに増えていた。
そのうえ、学校とは直接関係のない対応もいくつか抱えたまま、私は日々を回していた。

そんな状態のまま、毎日向き合っていたのが、給食の時間だった。

給食の時間は、毎日ほとんど同じ流れで始まっていた。

12時10分、サポートルームに入る。
けれど、勉強の一環として書かなければならない「今日の振り返り」がまだ終わっていなかったり、Y先生と別れるまでに時間がかかったりして、気がつけばあっという間に5分、10分が過ぎていく。

給食の配膳が終わるのは、12時25分から30分の間。それより早く教室へ行っても、まだ配り終わっていない。Y先生と別れられても、息子のマイペースなタイミングもあるので、時間通りに上の階へ行くことは難しい。
教室で給食を受け取り、再びサポートルームに戻る。ここまでで、ようやく「食べる準備」に入る。

けれど、サポートルームは個室で、輪投げやぬいぐるみなどのおもちゃも目に入りやすい。教室のように、周囲が食べ始める空気もない。「給食の時間だよ」と何度声をかけても、ソファーで転がったり、話しかけてきたりして、なかなか食べ始められない。

12時30分に給食を取りに行けたとしても、「トイレに行きたい」と言い出し、「なんで先に行っておかないの?」と私に言われながら、あっという間に12時35分。食べ始めてもマイペースで、「お母さん、クイズしよう」と話しかけてきて、食べることに集中するのは難しい。

一方で、給食には片付けの締め切りがある。
12時50分までに食器を下げなければならず、13時前には回収のトラックが来て、すべて持っていかれてしまう。
少しでもスタートが遅れれば、その分、食べる時間は削られていく。

結局、半分も食べられないまま「もう時間だから」と慌てて片付けに向かう日が続いた。食器を上の階に返し、下の階に運び、あちこちを行き来しながらようやく終わる。

帰宅すると、「お腹が空いた」と言われ、私の昼ごはんを欲しがったり、改めて息子用に食事を用意したりすることも多かった。

この状況が続くうちに、私は次第に、「ここまでして給食にこだわる意味があるのだろうか」と考えるようになっていった。

「早くしなさい」「間に合わないよ」「給食だけは時間を意識しないと」
そんな言葉が、いつの間にか口癖になっていった。

本当は、普段からマイペースを大切にしたいと思っている。急かすような声かけは、できるだけしないようにしてきた。
それなのに、給食の時間になると、同じ言葉を何度も繰り返してしまう。
そんなふうに声をかけている自分自身が、少しずつ嫌になっていった。

12時10分から始まる、たった40分の出来事。
それが積み重なると、こんなにも人を追い詰めるものになるのだと、そのとき初めて実感した。

ふと、息子がよく口にしていた言葉を思い出した。
「給食はあまり美味しくない。本当は食べたくない。家で食べたい」

それでも私は、給食には給食の良さがあると思っていた。家ではなかなか出せない献立や、さまざまな食材を経験できること。だからこそ、できるだけ食べてほしいと考えていた。

けれどある日、家で昼ごはんを食べながら、
「もう、しんどいなぁ」
と、思わず口にしている自分がいた。

自分の声を聞いて、少し驚いた。
思っていた以上に、余裕がなくなっていることに、そのとき初めて気づいた。

改めて息子に聞いてみると、
「給食、食べなくていい!家の方がいいもん」
と、迷いなく答えた。

しばらく、何も言えずにいた。
それから、思い切って、一度、給食をやめてみることにした。

給食を食べるのをやめてから、1週間ほど経った頃。

担任の先生、サポートルームの先生、特別支援コーディネーターの先生から、
「どうして給食を食べるのをやめたんですか?」
「Kくんが給食は好きじゃないって言うからですか?」
と、それぞれ別のタイミングで聞かれた。

不思議なことに、三人とも、同じように険しい表情をしていた。

私は、こう答えた。

「サポートルームは個室ということもあって、息子の特性や年齢では、時間を意識しながら給食を食べることがとても難しいです。その結果、食べる時間がほとんど取れず、結局、家で食べることになってしまう。それなら、一度やめてみようと思い、今は試験的にそうしています」

そう説明しても、先生たちの表情が和らぐことはなかった。



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