家族と過ごす時間に限りがあるなんて知らなかった
##はじめに
「パパが育児に関わることが当たり前の社会」を目指すーー。
そんな旗を掲げて今日もパパ育を語るわたしですが、実はこの想い、ある出来事がなければ生まれていなかったかもしれません。
その出来事とは、こたぷん(我が家の2歳の息子)の誕生。そして、まさにそのタイミングで告げられた「転勤」の一言。
マイホームを契約した直後、僕に突きつけられたのは、家族と離れて暮らす単身赴任という現実でした。
##新しい命と、新しい家と、まさかの転勤
2023年1月にこたぷんが生まれた直後に、
私たち家族は大きな決断を迫られていました。
それが「マイホーム」の契約です。
これからの家族の未来を見据え、
こたぷんが安心して過ごせる環境を作ってあげたかった。
妻と話し合いながら、夢を詰め込んだ新居計画は、
私たちにとって希望そのものでした。
……なのに、そんな矢先、
同年2月に「転勤」の辞令が下されました。
え?このタイミングで?
異動希望はしていたものの、全く自分のキャリアプランとは異なる明らかに会社都合の異動。
そう思っても、会社の決定はそう簡単に覆るものではありません。
こうして2023年4月、家族がマイホームに住み始める前から、私は単身赴任として週末だけ自宅に戻る生活が始まったのです。
##夜行バスと新幹線と、週末の“家族”
毎週末、金曜日の深夜に夜行バスに乗って、妻とこたぷんのもとへ。
経費の都合上、新幹線が使えるのは月に1度だけ。
会社から単身赴任手当が出ると言っても、家計トータルで見るとマイナス。
費用を少しでも抑えるためにも、毎週末、バスで往復する生活が、まるで“家族との面会”のように感じることもありました。
土曜の早朝に我が家に到着し、二人の寝顔を見ながらわたしももう一眠り。こたぷん、起きたら笑顔でお出迎えしてくれました。
妻は(自分の分だけ作るのが手間だと言ってましたが)、私のために週末分のご飯を作り置きしてくれました。
夜行バスには毎度保冷剤をたっぷり入れた小型のクーラーボックスを担いで乗車。
半年後には離乳食も始まりましたし、平日は完全にこどものことを任せっきり。息つく暇もないのに、家計のためと頑張る姿には、わたしは頭が上がりませんでした。
そんな中、追い打ちをかけるような出来事が起こります。
##母の入院と、育休の決意
2023年6月。実母が脳出血で倒れました。
幸い、ちょうど車検の打合せでディーラーに来ていたそうで、発見が早かったので、病院に急いで担ぎ込まれたそうです。
(後日、父と二人でディーラーさんにお礼に伺いました)
そこから意識が戻るまでの3週間。
精神を削られるような気持ちもありつつ、直接もしくはZOOMでの呼びかけをひたすら行いました。
正直父とはこれより以前、全く仲がよくなかった。
でも、毎日、母の元に通って声をかけ続ける父が、とても頼もしく誇らしく思えました。
私たち家族(妻とこたぷん)はと言うと、3週間の間は毎週末、新幹線で2時間以上かかる実家へ向かいました。
ちょうどその頃、1ヶ月ほど育児休暇を取得することにしていたので、母が意識を取り戻したあともちょくちょく実家に帰ることができました。
母ですが、短期記憶がなくなったり、段差の上り下りが辛かったりと、多少の障害は残ったものの、毎日のリハビリの甲斐もあり、今現在は実家で父と二人三脚で仲良く暮らしてます。
さて話は戻り、
もともとマイホームが建つのが2023年7月だったので、それに合わせて育休を取得したました。引越しして、新しい生活、こたぷんとの毎日。
はじめて「父親としてのリアル」にしっかり向き合うことができた1ヶ月。
子育て支援センターに顔を出し、他のママパパと交流する中で、僕の中にある想いが芽生えました。
1ヶ月はあっという間でしたが、学べることが多く、充実した日々を過ごすことができました。
『こどもたちの未来を、もっと明るくしたい。』
この想いが、すべての原点になったのです。
##育児うつ、そして転職活動へ
育休が明け、単身赴任生活が再開すると、
他にもいろいろ問題が重なってしまった時期で、
妻から「限界」と告白されました。
「一人だとこわい」
「しんどい」
「疲れた」
その言葉を聞いたとき、いてもたってもいられませんでした。
すぐに仕事の上司に在宅勤務を打診しましたが、
返ってきたのは信じられない言葉。
「管理職は出社だよ」
「育休取らせてあげたでしょ、もっと感謝しなさい」
しかもそれを言ったのは、同じように子育て中の女性管理職。
ここでようやく吹っ切れました。
「このままじゃ、家族を守れない」
そう思い、2023年9月から、転職活動を始めました。
目標は、“2024年3月までに家族のもとに戻ること” です。
少しでも早く安心を届けたくて、心を決めました。
その結果、同年12月に現在の会社から内定をいただくことができました。
年収もほぼ同じ。
いや、むしろ福利厚生が充実しているのでそれ以上。
キャリアチェンジもでき、
さらなる向上心を持って仕事に取り組んでいけるビジョンが描けました。
##パパ育がもたらす未来
突然ですが、みなさんは、
親子が一緒に過ごせる時間がどれくらいかご存知ですか?
実は、ママと子どもが一緒にいられる時間は、
生涯で約7年6ヶ月(約65,700時間)。
小学校卒業の時点で、そ
のうちの約55%がすでに終わっているそうです。
となると、じゃあパパは?ってなりますよね。
なんと、、、、
たったの約3年4ヶ月分。
ママの半分以下です。
この時間の中でどんな関わりができるのか。
この短い時間が、家族の絆をつくる大切な時間になるのか。
いや家族なんだからもっと時間を増やすべきではないか。
そんなことを考えながら、
私は世の中のパパがもっと子育てに関わる社会を
作りたいと本気で思っています。
しかし、日本の社会構造では、
やはりまだパパが外で出稼ぎするイメージが強いのが事実です。
令和のこの時代に、所得はどんどん減っていき、
もはや共働きでなければ生活が成り立たない時代。
そうであれば、ママが働くのにパパが家のことをやらないと言う選択肢があるのだろうか?(いや、ない)
社会構造がもたらしたこの価値観を、少しずつ切り替えていく必要があります。
##パパの育児参加が、少子化対策に
データでも明らかになっています。
父親の育児参加率が高い国ほど、出生率も高い。
日本では「パパも育休を取るべき」とは言われていますが、
実態は3日〜1週間取るだけでも“カウント”されてしまう。
これで「育児に参加している」と言えるのでしょうか?
産後のママの心身ケアがどれほど必要か、
日々接していれば痛いほどわかります。
もっと本質的なサポートが必要。
もっと根本から “パパ育” を推進していく必要があるんです。
##さいごに
このnoteを通して、誰か一人でも
「自分の家族との時間を大事にしよう」と思ってくれたら、
それだけで私は嬉しいです。
パパが子育てに参加することは、
ママの負担を減らすだけではありません。
子どもの未来を、家族の絆を、
そして社会のあり方を変える力があると思うのです。
こたぷんと過ごす時間は、わたしの宝物です。
だからこそ、もっと多くのパパが、
育児の現場に飛び込んでいけるように。
今日も、これからも、
私は「パパ育」を発信し続けていきます。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
少しでも読者のみなさんのためになる記事作りにこれからも努めて参りますので、評価していただけるととても励みになります☆
「こどもたちの未来をもっと明るくしたい」だから行動する。
それでは今日も元気にいってらっしゃーい(`・ω・´)ゞ
あるいはおやすみなさーい(。-ω-)zzz. . .
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