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昨日という着ぐるみ #シロクマ文芸部

 昨日からなにも変わっちゃいない。
 昨日からなにもかもが違っている。

 そのどちらも正しく思えてしまうのは、どうしてだろう。
 昨日とは違う今日で、今日とは違う明日のはずなのに。


 いつもと同じ風景の教室の中。いつもと同じに流れていく授業。みんな、同じ昨日を演じている。
 斜め前に座る女子の背中は、なんとなく、昨日よりも重たそうに見える。
 それは僕のポケットに感じる重さと同じなのだろう。
 ポケットの中の小さな消しゴムが、その実際の何倍も重い。
 いつも通りの通学で、いつも通りに背負ったリュックよりも、ポケットの中がずしりと感じたのは、果たして気のせいだろうか。

 彼女の、消しゴム。

 昨日、彼女はこれを落としたことにも、僕が拾ったことにも気がついていないようだった。
 僕は僕で「落としたよ」と声をかけることもしなかった。その理由は今でもわからない。
 家に帰ってから、ポケットに入れたままだった消しゴムを取り出した。
 角が丸くなったそれは、当然、買ったままの姿ではない。ケースからは少しだけしか出されていない。
 使いにくそうだな、と思った僕はなんとなくケースを外した。
 そこには、名前が記されていた。彼女の名前ではない。同じクラスの男子の名前だ。
 しばらくその名前だけを眺めてから、やっと気づく。
 おまじない——、だろう、たぶん。

 僕は、彼女の秘密を知った。

 そして、ふと思い出す。以前に盗られた自分の消しゴムを。
 たかが消しゴム。それでも誰かが盗っていったのだ。
 思い出して腹が立つのに混じって、少なくとも秘密を知られたわけではないことに、妙に安堵した。


 僕は机の上にポツリと置かれたそれをまたケースに戻し、ポケットに突っ込んだ。
 それを今、教室で、指先で確かめる。
 誰かの秘密を知った僕が、昨日の僕とは違うのだという、確かな証。
 それはまるで、卑怯なおまもりのようにも思えた。

 消しゴムを盗られたあの日、あの次の日も、それからも。僕も、クラスの誰も、変わりはなかった。
「おはよう」と挨拶を交わして、意味のあるようなないようなことで笑って。
 そうして今日も。昨日までと同じ。

 僕は誰かのものを盗ったのに、変わりはしない。
 あの日、僕のものを盗った誰かも、変わりはしなかった。
 昨日とは違うのに。
 誰もが、なにかが変わっているのに、変わらないふりをしている。

 そう思った瞬間、急激に喉の奥が熱くなるようだった。
 黒板に向かう先生も、眠そうに窓の外を眺めるアイツも、真面目そうにノートを取るアイツも。みんなが必死に「昨日」という着ぐるみを被っている。
 そう思うとひどく滑稽に見えてくる。当然、そこには僕も混じっているのだ。


 今日も、昨日と同じ顔をして、誰もが秘密と嘘を抱えている。
 それは絶望というより、もっとずっと、心強い何かだった。

 昨日からなにも変わっちゃいない。
 昨日からなにもかもが違っている。

 それを知っているのは、僕と、僕と同じように笑う誰かたちだけ。




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2026.02.24 もげら

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