透明を見る。 #シロクマ文芸部
透明な私は、今日も透明な言葉を紡ぐ。
それを知っているのは、同じ、透明な空気だけ。
一人、学校の屋上、空に向かって、小説を紡ぐ。
いつからか、誰に聞かせるわけでもなくこうして頭の中にあるものを、吐き出し始めた。
吐き出しても、見えないもの。
言葉は透明。
書き記せば目に見える形になるけれど。
私がそれをしないのは、私は透明だから。
私も、私の言葉も、全部が透明だ。
「ね、それ、なんて話?」
不意に聞こえた声に驚いて声も出せずに振り向くと、クラスの女の子が立っている。
私は透明なのに、どうして。
「あ……、」
声はうまく出ない。目にも見えずに、空に溶ける。
「そんな、幽霊でも見たような顔しないでくれる?」
彼女はカラリと笑う。
幽霊でも見たような、なんて、そんな。それはむしろ——、
「あなたの方こそ、って?」
「っ……!」
こくこくと頷く。
「わ、私が、見えて、」
ハハッ、と今度こそ声を上げて彼は笑う。
「あのね、当たり前でしょ。生きてるんだから、見えるに決まってる」
ポロ、と私の目から透明な水滴が落ちた。
「まあ、うん、その、なんだろ、」
言いにくそうに彼女は頬をかいた。
「あー、みんなが、あなたを居ないものとして扱ってるのは、まあ、ね、知ってるけど……」
少し言い淀む彼女が言いたいことは、よくわかる。
だから、私は透明だ。
誰にも見られずにいる、透明な存在。
見えないものを意識している人なんて、居ない。透明な存在なんて、存在していないのと同じだ。
「いや、それより。さっきの話。物語? 詩? 誰の話? なんて本?」
「え、あ、あの……」
矢継ぎ早に質問されて私は困るだけ。
誰かと会話することなんてほとんどない私にとって、それは頭の回転数が変わるみたいだった。
「実は数日前にも聞いたんだよね。たまたま。で、今日は続きっぽかったから、気になっちゃって」
私の言葉を気にする人が居たのだろうか。存在さえも気にされない私の、見えない言葉を。
「暗記するくらい読んだのかなーって。だったら絶対おもしろいじゃん?」
返事をせずに口をパクパクするだけの私に、彼女は一人で話し続ける。
言葉は透明なはずなのに、彼女の口から出る言葉たちがキラキラと見えるのは錯覚に違いない。
「あ、暗記、じゃ、ない」
「え?」
そう、彼女は『暗記するくらい読んだ』と言ったけれど、それは違う。
読んでいない。私の頭の中にだけあるものだ。
「わ、私、が、……えっと、」
彼女に、こんな話をする必要があるのだろうか。
はじめに逃げ出してしまえばよかったと今になって悔いる。
「え? えっ? オリジナルってこと?!」
顔が熱い。
空に向かって自作の物語を話しているなんて確実に変な人だ。
笑われる。透明のままがよかった。
熱い。顔も、頭も。全身が、熱い。
「すごいじゃん!」
パッと彼女の顔が明るくなった。彼女の口から出る見えないキラキラが、顔にも宿っている。
「あは、顔、真っ赤だ」
彼女の声色は、決してからかうようなものではなかったけれど、指摘されて私の顔はもっと赤くなった気がした。
それでも彼女はなぜだか、うんうん、となにかに納得したように頷く。
「赤い顔、見えてるよ。ちゃんと」
少なくとも、私は、彼女の世界では、透明じゃなかった。
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・雲を売る(20字小説) 8/21「雲を売る」
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2025.09.07 もげら
