3年以上の回り道。それでも、私にも昇級の順番が来た|もぎのワーママメモ
同期の男性たちが、次々と昇級していった。
「きっと、次は君の番だよ」
そう言われ続けて、気づけば3年以上が経っていた。
そんな私に、昇級の声がかかった。
あの頃の、
がむしゃらで、失敗もして、
それでも少しずつ仕事の仕方を変えてきた、
私へ。
そんな気持ちで、少しだけ振り返りたい。
ようやくきた、昇級の知らせ
4月、昇級の話をもらった。
嬉しかった。
でもそれと同時に、少し驚きもあった。
こちらの記事で先日綴ったように、
私は今、仕事より家庭を取って”減速”している。
昇級なんて、もう何年も先に、
子育てが落ち着いた頃にギアを上げて狙うもの、
そんなふうに考えていた。
この2週間は仕事どころではなかった。
子どもが体調を崩し、そのあと私も崩した。
ワーママをしていると、こういう1〜2週間は本当にあっという間に過ぎる。
気がつけば仕事は“こなすだけ”。
気がつくと、自分でも、
納得のいく働き方ができたとは言えない時間がすぐにまたやってくる。
それでも、昇級の話をもらった。
同期の男性たちに遅れること、3年以上。
正直、もう比べる気持ちはないけれど、
ようやくか……という気持ちだった。
ブランクは1年。でも私は焦っていた
出産によるブランクは、トータルで言えば1年。
時短も取っていない。
1人目のときは、産休から復帰まで9ヶ月。
2人目は、わずか産前休暇は10日ほど。
育休も10日ほど取って、ちょうど3ヶ月だった。
会社では、特に女性は、
育休は「子どもが2歳まで」と2年近く取る人も珍しくない。
休みを取れなかったのではなく、取らなかったのだ。
でも、
私が早く戻ったのは、
「パワフルママだから」でも「スーパーマンだから」でもない。
ただ単純に、焦っていた。
1人目の出産は、入社3年目。
私は博士号を取ってから入社したから、
それでも年齢はちょうど30歳。
年齢的な焦りがあって、妊娠を希望していたけれど、
でも、社歴は浅い。
評価されたい。
休んでいられない。
自分の居場所は、自分で守らなきゃいけない。
そんな気持ちが、ずっとあった。
1人目の産休・育休は、ちょうどコロナ禍だった。
ワンオペ育児で、今思えば産後うつのような状態だったと思う。
休暇を取っても、
立ち止まっているだけのように感じてつらい。
休暇から明けても、
結局ワンオペで子どもを育てながら仕事も。
両立できているなんて胸を張って言えないほど、
呼び出しばかり。
そんな私を不憫に思って、仕事を調整してくれる。
当時の上司は男性だったけれど、
親の介護を担った経験がある人だった。
「仕事はマラソンだから。緩める時があってもいい」
そう言って、私をさりげなく庇ってくれていた。
ありがたいはずなのに、その優しさが、なぜか痛かった。
私はまだ、自分の限界を知らなかった。
だから、失敗してでも走ってみたかった。
そんなわけで、
2人目は妊娠中に新規事業立ち上げのコンテストに参加して、
産休に入ってからも、出産当日さえ、
親会社の企画だからと言い訳して、
企画調査や仲間と打ち合わせをしたりしていた。
今振り返ると、仕事に対してノイローゼに近かったと思う。
子どもを言い訳に仕事ができないなんて……
子どもを持っても普通に仕事して昇進もする男性になんて負けられない……
そんな周りとの比較の中でしか、
自分の会社での存在意義を見つけられなかった。
復帰後の苦悩
子どもを持った復帰後の生活は、決して楽ではなかった。
上の子はなかなか寝ない子で、
夜ほとんど眠れないまま仕事に向かう。
体調不良で、急な休みも多い。
それでも私は、「ワーママとして強くやっていくんだ」と、どこかで張りつめていた。
何度か上司が代わり、
上司とうまく噛み合わない時期もあった。
何度も辞めようと思った。
悔しくて、デスクで声を殺して泣いたこともある。
そんなとき、業務の関係で話す機会のあった会社の上層部の方が、
少しだけ時間をくれた。
忙しいはずなのに、
私のキャリアの話を聞くために。
そのとき言われた言葉がある。
「イノベーションは制限の中から生まれる」
規制や条件、思い通りにならない環境の中で、
どうにか工夫して前に進もうとするとき、
人は初めて知恵を使う。
「あなたが今、制限の中で仕事に向き合っていることは、
きっと将来の会社の財産になる」
そのときは正直、
あまりピンと来なかった。
でも今、仕事の進め方や、後輩との関わり方、家庭との折り合いのつけ方。
そういうものを少しずつ考えるようになって、
あのときの言葉の意味を、なんとなく実感する瞬間が増えてきた。
同期の昇級を、私が知っていた理由
同期の口から直接昇級を報告されることがあった。
入社してから、私の仕事ぶりはある程度知られていたらしい。
だから最初の昇級は、出産があってもそこまで差は出ないだろうと思われていた。
その当時は、昇級対象者は半期前に対象者であることを伝えられ、
そのまま問題なく成果を出すことができれば昇級が決まる仕組み。
仲の良かった同期から、
「昇級対象者に自分がリスト入りしたみたいだけど、君もだよね?」
そんなふうに声をかけられて、それで知ったのだ。
最後に昇級した同期も、
「来年はきっと君だよ」と、悪気なく言ってくれた。
それでも結果として、私は3年以上遅れた。
同期は、結婚して子どもも生まれている。
育休を取ったりもしていた。
でも、専業主婦やパートの奥さんがいる同期と私は、
どう考えても同じ条件ではない。
そのことで、チクリと胸の奥が痛んだ。
あの頃の私へ——遠回りの時間にも、意味があったよ。
この数年のあいだに、仕事の内容も変わった。
もともとは研究職として入社したけれど、
途中で企画職に転向した。
もともと成果が出るまでに時間のかかる役割だった。
転向したせいで、大学からの積み重ねはゼロになって、
新しい仕事をイチからすることになった。
それでも、今思えば、
たくさんの経験をさせてもらい、
ようやく
「一人で立てるかもしれない」
と思えた頃に、今回の昇級の話が来た。
昇級は、直近の出来で決まるものではない。
きっと、ある程度、長期的に働きを見てもらっていたのだと思う。
上司からのフィードバックとエールには、
家庭と仕事の両立が難しい中、仕事に着実に真摯に向き合う姿勢を評価いただいていることがわかる言葉がたくさんあった。
この数年の遠回りにも、今やっと、少し納得がいく。
同期より遅れた3年は、
無駄ではなかったのかもしれない。
もし、いまの私と同じように、
仕事と子育てのあいだで焦っている人がいたら。
あの頃の私に伝えるような気持ちで、
これだけは言っておきたい。
もっと時間があれば…
急に抜けることがなければ…と、
思うように働けない時間が続いても、
それだけで、あなたの仕事の価値が消えるわけじゃない。
遠回りした時間ごと、評価してもらえる日がきっとくる。
腐らなければ、見ていてくれる人はきっといる。
ワーママのキャリアは一直線じゃない。
でも、
それでもきっと、前には進める。
