ツリーのトップにAngelを飾る訳 | アトランティックカナダに伝わる不思議な風習
我が家のリビングに、この冬ももみの木のツリーがやって来ました。
12月初旬、もみの木屋さんの広場に青々とした木々が並び始めると、みなさんはそれぞれ思い思いの樹形を確かめながら、次々と連れ帰っていきます。

私もその中から枝ぶりの美しい一本を選び、リビングの定位置に据えました。ただ、針葉樹特有の細い葉はカーペットに深く刺さってしまうとなかなか取れません。掃除のたびに小さくため息が出てしまいます。

ライトがチカチカすると一気にクリスマスモードに。

ポインセチアの模様のダマスク織りリネンに変えました
もみの木の枝先に触れるたび、爽やかで甘く、ほのかに青い香りが静かに広がっていくのです。
「ああ、今年もクリスマスが来たのだな」
と、心がじんわりと温かくなります。
オーナメントをひとつずつ丁寧に飾り終え、最後にそっと見上げる先。
ツリーの頂に飾るのは、星ではなく天使です。この土地の人々は、この飾り人形を「Angel」と呼んでいます。

穏やかな表情で見守っています。
日本で暮らしていた頃は、「ツリーのてっぺんといえば星」が当然だと思っていました。
けれどアトランティックカナダで何度目かの冬を過ごすうちに、ショーウィンドウにも、ご近所の窓辺にも、ファーマーズマーケットの店先にも、天使が輝いていることに気づいたのです。
さまざまな表情、ドレス、大きさ、そして人種のAngelたち
このあたりではAngelはとても手に入りやすく、メジャーな量販店(WalmartやCanadian Tire)などで11月末頃から販売されています。
また、ちょっと上質なドレスを着たこだわりのAngelは、クリスマス雑貨専門店などで販売されています。
ダウンタウンのクリスマス雑貨専門店が閉店に

かつてダウンタウンには「Christmas by the sea」という、小さなクリスマスの雑貨店がありました。
私のささやかな愉しみは、毎年そこで少しずつお気に入りのオーナメントを買い足していくことでした。大切な誰かへの贈り物を探しに、あるいは自分へのご褒美として、時にはAngelのフィギュアを求めて、使い込まれた木のドアを何度も押し開けたものです。
店内に足を踏み入れれば、そこには古き良きアメリカ映画のようなゆったりとした時間が流れていました。1987年頃創業のショップで、この年といえば映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の第1作目(1985年公開)が世界中で大ヒットし、まさにその熱狂が続いている真っ最中でした。
そんな時代に創業された「Christmas by the Sea」は、まさに当時のハリファックスのダウンタウンにおいて、映画のワンシーンのような温かい灯をともし続けていたのです。
静かに響くクリスマスの調べと、オーナーが厳選した可憐な逸品たちが、まるで物語の一部のように丁寧に並べられていたあの空間。毎年クリスマスツリーのデコレーションも違っていて目の保養となっていました。
店を営んでいたのは、初老の男性とその娘さんでした。お二人ともいつも仕立ての良いスーツに身を包み、胸元にはきらりと光るクリスマス仕様のブローチをあしらっておられました。時折、鮮やかな真紅の装いでお客様を迎えることもあり、その洗練された佇まいと優雅な所作を、私はいつも憧憬の眼差しで眺めていたものです。
しかし、時代の波は容赦なく押し寄せました。都市開発の喧騒と、それに伴う家賃の高騰。結局、あのお店もまた、街の記憶の中に消えていくこととなりました。
今、冬の足音が近づくたびに、うきうきと胸を躍らせながらあのドアを開けていた12月を思い出します。それは私のハリファックスの暮らしを彩ってくれた、甘く、そしてちょっぴり切ない、かけがえのない記憶です。

残念ながら、地元民に惜しまれながら閉店されました。
在りし日のクリスマスデコレーションです。

毎年楽しみでした。

人種のモザイク国家カナダらしいですね。
好きなお顔のAngelをじっくり吟味しながら選ぶ時間は、いくつになっても楽しいものです。
「どうしてこの街では、ツリートップが星ではなく、こんなにもエンジェルが選ばれているんだろう。」
ツリーを見上げるたび、私はそんな疑問が生まれ、じっくりと調査しました。
星ではなく、エンジェルを飾るわけ
Star of Bethlehem
星の頂飾りは、イエス・キリストの誕生を導いた「ベツレヘムの星」を象徴しているといわれています。
旅人に道を示すように、暗闇を貫く強くてまっすぐな光、それが星のイメージです。
Angel

エンジェルは「知らせを伝える者」であり、「見守る者」として聖書に登場します。
喜びの知らせを運び、恐れおののく人々に「恐れることはない」と優しく語りかける、柔らかい声を持った存在なのだそうです。
新約聖書には、マリアに受胎を告げる天使や、野原の羊飼いたちに救い主の誕生を伝える天使と天の大軍の場面が描かれています。
そのイメージをそのまま形にしたものが、ツリーの頂に立つAngelです。
喜びを告げ、赤ん坊と人々を静かに見守っていた存在なのです。
ツリーのてっぺんに、
光そのものを飾るか、
光を運んできた者の姿を飾るか。
この地で暮らしていると、多くの家が後者――「目には見えないやわらかい存在」を選んでいるように見えます。
それは、この土地の人たちに代々伝わってきた「祈りのかたち」の風習なのかもしれません。
アトランティックカナダの静かな信仰

カナダの州のうち大西洋に面している4州の総称です。
ニューブランズウィック州
プリンスエドワードアイランド州
ノバスコシア州
ニューファンドランド・ラブラドール州
で成り立っています。
画像引用:Googlemap
クリスマスツリーの飾りつけは、アトランティックカナダの宗教構成が大きく関わっています。
・イギリス系・スコットランド系:主にプロテスタントが多くを占めます。
・アカディア人(Acadian):フランス系カトリックで、特にニュー・ブランズウィック州やプリンスエドワードアイランド州、ノバスコシア州の一部に強く残っています。
・その他にアイルランド系カトリックや先住民のキリスト教も混在します。
つまり、カトリックとプロテスタントが混在する地域で、家庭のクリスマスも比較的『伝統的』な飾り方を好む傾向があり、カナダ国内でも比較的保守的・伝統志向が強い地域とされています。
特に地方や小都市部ではクラシックな飾り付けがよく見られ、「守護・信仰」の象徴としてエンジェルを選ぶ家庭が多いようです。

12月の夜道を歩いていると、民家の窓辺に優しく灯るクリスマスツリーが目に入ります。その頂でAngelのドレスに柔らかなライトがともり、道路越しにふと目を留めてしまうのです。
「このおうちのAngelは、どんなお顔をしているのかしら?」
各家庭で代々受け継がれてきたAngelも少なくなく、お顔もドレスもさまざま。どれも個性があって、見ているだけで心が温かくなります。
クリスマスにはメルママと一緒に友人宅を訪ねて回る私にとって、各家庭のAngelをそっと眺める時間は、冬のささやかな楽しみのひとつになっています。
厳しいカナダの冬、雪に埋もれた凍った畑、小さな家々の窓から漏れるオレンジ色の灯り、その窓辺のクリスマスツリーのいちばん高いところから小さな Angel が皆を見降ろしています。
吹きすさぶ冷たい風や荒れた海から人々を守る灯台のように、代々、家の中を見守る、小さな守り神のようにも見えてくるのです。



筆者:桜野ナオミ
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写真クレジット:すべて筆者撮影
画像引用:Googlemap(アトランティックカナダの地図)
