格差拡大と左派政党の台頭と富裕層増税の流れ
富の格差が拡大し、それが社会を不安定にしていると言われ続けてきました。そうした流れの中で、最近は左派政党が支持を広げる動きも目立っています。一部には「今後、世界はもっと左傾化していく」と見る人もいますが、仮に世界が左傾化していった場合、世界経済はどうなっていくのでしょうか。

すでに左派政党が影響力を拡大している国を見ていくと、そのヒントがあるように思います。この記事では、左派政党が影響力を拡大している国の経済、とりわけ富裕層課税の動きについて整理します。
イギリス
格差が拡大する中で、左派政権が富裕層に対して課税強化を進めている国として、イギリスの状況を以前から取り上げてきました。近年、資産バブルの影響で富裕層の保有資産が増える一方、インフレによって生活コストが上昇しました。そこに住宅不足なども重なり、ホームレスが急増する状況が報じられてきました。
イギリスの所得税の合計金額は2,250億ポンドでした。そのうち上位60人が収めた所得税が30億ポンドということです。わずか0.002%の人が全体の1.4%の税金を収めたということになります。
こうした環境の中で、2024年に政権を取った労働党は富裕層への課税を強化してきています。所得税そのものは増税されていないものの、高額不動産への課税が強化され、さらに従業員の社会保険料に関して企業負担が引き上げられたことで、企業経営者の負担も増えています。
生活コストの圧迫と富裕層課税の再来
労働党が富裕層に対して厳しい課税を行うこと自体、イギリスでは過去にも起こってきたことです。ビートルズをはじめとするアーティストが、課税の重さゆえにイギリスに住めなくなったという話は有名で、当時は所得税の最高税率が95%に達していたとされています。
現在の労働党政権はまだ始まったばかりで、次の総選挙は2029年です。そこまでの間、富裕層への増税がさらに厳しくなる可能性があると見られており、その結果として富裕層の国外流出が進んでいます。富裕層の移住をサポートする企業などの見立てでは、今年イギリスを離れた富裕層は1万6,500人にも上るとされています。
ノルウェー
左派政党が政権を握り、富裕層に対する課税を強化している国はイギリスだけではありません。ノルウェーもその一つです。ノルウェーでは2021年9月の選挙で、労働党を中心とする左派連合が過半数を獲得し、それ以降、富裕層に対する課税を強化してきました。
特徴的なのは、ノルウェーがいわゆる「富裕税」を導入している点です。富裕税は、総資産から総負債を差し引いた純資産に対して課税する税金で、所得ではなくストックに直接かかる税制と言えます。
現在、国連加盟諸国のうち、富裕税が施行されている国々は、1900年代の初期に施行されたデンマーク・スエーデン・ノルウエーを始め、オランダ・西ドイツ (州税)・オーストリヤ・フィンランド・ルクセンブルグ・スイスのほかアジアにおいては、インド・スリランカ・パキスタンの12ケ国が数えられ、いづれも税率は、0.2パーセントから3パーセントといった低率で所得税の補完税としての役割を持たされている。
富裕税と富裕層流出
現在ノルウェーでは、純資産が176万クローネから2,070万クローネ程度の範囲にある場合、保有資産に対して税率1%が課され、2,070万クローネを超える資産を持つ場合は1.1%を税金として納める必要があるとされています。対象は金融資産に限らず不動産も含まれ、居住用住宅については75%の控除などが認められているものの、原則として保有資産に含める仕組みです。さらに海外に保有する資産も対象になり、支払いを逃れようとして国外に出国する場合は、含み益に対して37.8%が課税される仕組みになっているとされます。つまり、簡単には逃げられない制度設計になっています。
富裕税を焦点とした選挙の結果
これを受けて、ノルウェーでも富裕層の流出が進みました。長者番付で上位に入る400人のうち105人が海外に居住しているか、資産を国外の親族などに移しているという状況が語られています。それでもノルウェーでは、2025年9月の総選挙で富裕税が焦点になったにもかかわらず、労働党を中心とする左派が勝利して政権を維持しました。今後も富裕層に対して厳しい政策が続くと見られています。富裕層が流出してしまえば課税強化の意味が薄れるようにも思えますが、ノルウェーでは国外流出が進んでも富裕税による税収は増えているとして、政権はこの方針を続ける姿勢を示しています。
大きな政府のコストと政府系ファンドの役割
富裕層課税を強化すれば、消費が落ち込み、経済成長が鈍化する方向に働きやすいのは自然な流れです。ノルウェーの実質GDP成長率は、2023年がプラス0.1%、2024年がプラス2.1%、2025年はプラス1.2%程度で、極端に悪いわけではないものの、勢いがある成長とは言いにくい状況が続いています。
こうした中でノルウェー政府は、政府系ファンドからの資金の引き出しを増やし、財政政策で成長を下支えしようとしています。1960年代以降、産油国として石油輸出で得た資金を将来のために積み立て、政府系ファンドで運用してきた結果、ファンドは2兆ドルを超える規模になり、世界最大級に成長しています。
石油によって急激に豊かになったノルウェーですが、「石油はいつか枯渇する」という認識のもと、石油収益を将来のために運用する「ソブリンウェルスファンド」を設立しました。
近年ノルウェーはこのファンドから毎年資金を引き出していますが、2026年は過去最高となる5,794億クローネ、金額にして570億ドル程度を引き出すことを決定したとされています。増税と政府系ファンドからの資金引き出しを組み合わせて、コストのかかる政策を回していく。これは、典型的な「大きな政府」としての政策運営が進んでいる状況だと言えるでしょう。
スイス
富裕層課税の議論は多くの国で起きていますが、注目を集めたのが2025年11月30日に行われたスイスの国民投票です。スイスはこれまで富裕層に優しい国として知られ、永世中立国という立場も含め、世界中の富裕層が集まる国という位置づけを築いてきました。
そのスイスで議論されたのは、5,000万スイスフランを超える相続が行われる場合、その超える部分に50%課税するという案でした。スイスは人口900万人程度の国ですが、5,000万フラン以上の資産を有して課税対象になると見られる人は2,500人程度いると見られていました。
国民投票の結果
この法案の是非を問う国民投票の結果は、反対が85%を占めて否決となりました。富裕層に対する課税を強化すれば、これまで積み上げてきた「富裕層に優しい国」というブランドが壊れ、富裕層が流出し、国内経済にも悪影響が出かねない。そうした懸念が、否決という形で表面化したと言えます。スイスは従来どおり、富裕層に優しい国であり続ける道を選んだということになります。
富裕層増税の流れ
ただ、スイスで否決されたからといって、世界的に富裕層課税の流れが消えるわけではないでしょう。経済成長率が低迷していても、富裕層の資産は拡大し続ける傾向があります。富の格差が広がる状況の中では、富裕層に対する課税を強化しようという政治的圧力は、今後も続いていくと考えるのが自然です。
この富裕層課税が良いのか悪いのかという問いは、非常に難しい問題です。格差拡大自体は望ましい状況ではありませんが、富裕税のような制度が導入されれば富裕層が国外に流出し、国内への投資が手控えられる可能性があります。課税を逃れるために国外に居住する富裕層を吊るし上げるような空気が生まれることもあり、その社会的な副作用も無視できません。
格差拡大の引き金
そもそも、なぜ格差の拡大がここまで急激に進んだのかを考えると、コロナパンデミック後の資産バブルが大きなきっかけだったことは否定できないでしょう。経済的ショックを金融緩和とばらまきで乗り切った結果、資産価格が大きく上がり、資産を持つ層と持たない層の差が一気に拡大しました。危機対応としては必要だったという見方もある一方で、その副作用として「今の難しい状況」を生んでしまったという側面もあります。
今後の見通し
富裕層課税の議論は、単なる税制の話ではなく、格差の拡大、低成長、政治の左右の揺れ、社会の分断といった複数の要素が絡み合った結果として出てきています。
今後、世界が左傾化していくのか、それとも揺り戻しが来るのか。いずれにしても、富裕層課税の動きは、世界経済の方向性を読む上で重要な論点になっていくはずです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ご参考
総合的に見て、金融所得課税の引き上げによって日本から急速に富裕層が流出する可能性は高くないと思われます。
サイトマップ(目的別)はこちら
