農林中央金庫の運用スタイルの話
2025年4月9日、日本時間で米国債が急落した際、「農林中央金庫がまた何かやらかしたのではないか」といった話題がネットを中心に飛び交いました。特にX(旧Twitter)では、農林中金に対する辛辣な声が多く見受けられ、「下手な運用で投げ売りしたのでは」といった憶測まで飛び交いました。
過去にはリーマンショック時や、昨年の巨額損失でも農林中金の名前が取り沙汰されており、すっかりキャラクター化した金融機関としての印象が定着しているようです。
こうした声の中には、必要以上に盛られた評価や、正確性を欠いた論調もあるため、冷静に見極める姿勢が求められます。
4月1日に就任した農林中央金庫の北林太郎理事長は市場で臆測が流れていた米相互関税導入時の米国債大量売却について「事実はない」と否定した。
農林中央金庫とドイツ銀行の共通点
このような評価のされ方は、海外でのドイツ銀行にも似ています。特にデリバティブやCDS、CLOといった金融商品に関するニュースが出るたび、「またドイツ銀行か」と疑われるのはもはやお約束のようになっています。企業の信用やリスク管理が背景にあるのはもちろんですが、こうしたキャラ付けがされている点では、農林中金もドイツ銀行も共通していると言えるでしょう。
CDS:クレジット・デフォルト・スワップ
CLO:ローン担保証券
クレディ・スイスのように、実際に経営破綻に至った例もあるため、単なる誇張と一笑に付すこともできません。ただ、すべてを鵜呑みにするのではなく、一定の割引きをして情報を受け取る姿勢も大切です。
農林中央金庫の運用スタイル
農林中金は、元々JAなどの組合員から預かった短期資金を運用する機関です。短期資金の性格上、期間の長い資産への投資が難しく、ALM(資産・負債のバランス)を考慮すると、株式や長期債券への投資に制約があります。
その制約を補うために、農林中金はデリバティブや証券化商品など、いわゆる「オルタナティブ投資」に積極的に取り組んできました。これが、農林中金を世界最大のヘッジファンドと揶揄されるほどの存在感に押し上げた要因でもあります。
オルタナティブ資産とは伝統的な投資対象資産である上場株式、債券に対する「代替的(オルタナティブ)」な投資資産の総称です。
一方、例えば日本生命のような生命保険会社は、契約者から預かる資金が長期で安定しているため、リスク許容度が高く、伝統的な資産運用が可能です。結果として、農林中金とは異なるポートフォリオを構築でき、急激な損出しを強いられる場面も少ないのです。
ソニー生命は何が悪かったのでしょうか。ALMをしっかりやっていたのではないかと思われるかもしれませんが、おそらく金利上昇時に既存の保険の解約が発生する確率を見誤ったのだと思います。
現場の運用担当者
農林中金のように株や長期債券が買えず、オルタナティブやデリバティブを活用せざるを得ない状況は、現場の運用担当者にとっては非常に厳しいものです。
かつて私が勤めていた会社で、デリバティブを活用した運用手法を債券運用チームが提案したことがありました。その際、会社の運用責任者であるチーフ・インベストメント・オフィサー(CIO)が一言、「筋が悪い」と却下しました。若い当時の私にはその意味がわかりませんでしたが、今になってようやくその意図が理解できるようになりました。「デリバティブは確かにテクノロジーの進化だが、結局はゼロサムで、証券会社ばかりが儲かる世界」、「堂々と株や債券で勝負するべきだ」、そうした考えが、今思えばそのCIOの根底にあったのでしょう。
その点、農林中金は組織的に「筋の悪い」運用を強いられているとも言えます。現場の運用担当者を責めるのは筋違いであり、構造的な問題が背景にあることを認識すべきです。
似たようなポジション
機関投資家の売買情報が証券会社経由で噂として広まってしまうという点に触れたところ、「それは情報漏洩ではないか」とのコメントをYouTubeでいただきました。それに対して「みんな似たようなポジションを持っているから、言わなくても察しがつくのでは」という意見がありましたが、まさにその通りだと思います。
大口の取引があればその噂は市場にすぐに広がる性質があり、もし中国がまとまった量の長期債を売却していれば、その情報はすぐに共有されていたはずです。
例えば、米国債と金利スワップを組み合わせた「アセットスワップ」という手法では、多くの日本の金融機関が似たような取引をしています。その中でも農林中金が特に多くのポジションを持っていることは業界内では周知の事実であり、誰が何をしたかは明言されなくても見えてしまうものです。
米国債売却の一考察
米国債売却に関して、「農林中金ではなく、地銀が売ったのではないか」という見方もありました。理由は「日本時間に慌てて売った」という点です。確かに、海外に拠点を持つ大手機関であれば、日本市場が薄商いの時間帯に急ぐ必要はありません。
ただし、海外に拠点を持っていても、実際の売買は日本の本体から指示されるケースも多く、海外法人が独自の判断で売買できない構造になっていることも少なくありません。そのため、単純に「日本時間に動いた=国内にしか拠点がない」とは言い切れないのです。
今後の議論に向けて
農林中金の運用スタイルに関しては、もはや組織構造の問題として議論されるべき段階にきているのではないでしょうか。伝統的な資産でリスクを取れるような運用体制を整えるべきか、それとも現状の枠組みの中で改善を続けるのか。
「多少やられてもいいから、日本株で運用した方がよいのではないか」、そのような議論が、今後高まってくるかもしれません。
ご参考
日本のヘッジファンドとして知られ、大胆にリスクを取る金融機関に言われるがままに、地方のJAが農業従事者のお金を流していくという状況があるとすれば、それはガバナンスとして適切ではないと考えられます。
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