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ベネズエラで広がるステーブルコイン経済


 ベネズエラという国は、ハイパーインフレの象徴のように語られてきました。2010年代以降の累積インフレ率は1,000万%を超え、自国通貨は文字通り紙くずのような存在になりました。最近では米軍が麻薬カルテルへの対策を強めたり、ベネズエラ政府が石油を密輸して外貨を確保しているといったニュースも見られます。
 その一方で、国内では暗号資産の利用が急速に広がっています。特に、米ドルと連動するステーブルコインのテザー(USDT)が、日常生活の中で一般的に使われるようになってきています。この記事では、この背景にあるベネズエラ経済の実態について解説します。

ステーブルコインとは
 ステーブルコインとは米ドルや日本円などの法定通貨、あるいは金などの実物資産と連動するよう設計されたデジタル資産です。ブロックチェーン上で管理されている点はビットコインなどと同じですが、法定通貨や実物資産と価値が連動する設計になっているため価格変動が小さいのが特徴です。

ステーブルコインが金融システムに与える影響

ベネズエラの資源と構造的な問題

 ベネズエラは南米北部に位置し、人口は約2,800万人。実は日本の2倍以上の国土を持つ大きな国です。かつては農業中心で、スペイン植民地時代にはコーヒー産地として知られていました。
 しかし、巨大な石油資源が発見されてから状況は一変します。1950年代には世界第3位の産油国になり、1970年代には一人当たりGDPが南米で最も高い国として繁栄を享受しました。

ベネズエラ・ボリバル共和国首都カラカス
出所)外務省

 しかし現在、豊富な石油が宝の持ち腐れのような状態になっています。埋蔵量こそ世界最大級ですが、粘性が高く採掘コストがかかる油田が多く、さらに経済危機で技術者が国外流出し、十分に生産できない状況に陥っています。

社会主義政策と反米姿勢が招いた深刻なインフレ

 ベネズエラ経済が狂い始めたのは、1998年のチャベス大統領誕生以降と言われています。それまで石油収入の恩恵は一部の富裕層に集中し、格差が極めて大きい社会でした。チャベス氏は21世紀の社会主義を掲げ、石油関連企業の国有化、農地改革、医療の無償化、メディア統制などを進めました。対米姿勢も過激化し、アメリカとの関係は最悪の状態へ向かっていきます。

 チャベス氏の死後、マドゥロ大統領がその路線を引き継ぎましたが、市場を軽視する政策の影響で物価調整が機能しなくなり、2015年にはインフレ率が100%を突破。その後、通貨単位を1/1,000に切り下げるデノミネーションも実施しましたが、それでもインフレは収まりませんでした。2018年には170万%、2020年には260万%を超えたとされています。通貨価値は急落し、国民は給与を受け取った瞬間に別の資産へ変えなければ生活が維持できない社会になりました。

仮想通貨の普及と国営暗号資産の失敗

 こうしたインフレ崩壊の中で、2010年代後半からベネズエラではビットコインなどの暗号資産が急速に広がりました。アメリカの経済制裁によって国際送金が困難になったことも、暗号資産の利用を後押ししました。
 これに対抗するように政府は2017年、石油を裏付け資産とする国営暗号通貨「ペトロ」を発行します。しかし、実際に石油と交換できるわけではなく、価値の裏付けが不透明だったことから国民の信頼を得られず、価格も下落し、最終的にペトロは廃止されました。

 インフレ自体は一時期より落ち着いても、依然として自国通貨は弱く、2024年も対ドルで5分の1まで下落したというデータがあります。通貨として機能しない以上、国民がさらに暗号資産へ移行するのは必然とも言える状況でした。

ステーブルコインがベネズエラ経済の新しい通貨に

 その中で急拡大しているのが米ドル連動型ステーブルコイン、テザー(USDT)です。テザー社が米国短期国債などを保有し、1USDT=1ドルの価値を保つよう設計されています。
 ベネズエラではデジタルウォレット決済が一般化し、企業の給与支払いが暗号資産で行われることも珍しくありません。調査会社「ECO ANALYTICA(エコ・アナリティカ)」の推計によると、2025年には民間取引の53%が外貨または暗号資産になる可能性があるとのことです。さらに、制裁を避けるために石油取引にもステーブルコインが使われ始めているといった情報もあり、暗号資産が経済インフラの一部になりつつあります。

エルサルバドルとの対比

 同じ中南米のエルサルバドルは2021年にビットコインを法定通貨として採用し話題になりました。国民の多くが銀行口座を持たず、金融システムが脆弱だったため、ビットコインを活用して金融アクセスを広げようとしたものです。しかしIMFの否定的な見解や西側の圧力もあって政策は軌道に乗らず、現在は事実上、当初の野心的な構想を撤回した状態です。
 エルサルバドルはベネズエラのように西側から経済制裁を受けている国でもなく、西側からの経済支援を自ら手放す必要もない立場です。そう考えると、西側の金融システムから自ら距離を取り、サポートを失う可能性のある道をあえて進むのは合理的ではない、という判断に傾いたとしても不思議ではありません。

エルサルバドル共和国首都サンサルバドル
出所)外務省

 これに対しベネズエラは、すでに通貨が崩壊しており、アメリカから制裁を受けているという点が大きく異なります。西側の金融システムから排除されている分、ステーブルコインへの依存が強まる環境が整っているとも言えます。

制裁が強まるほど暗号資産の利用は加速する

 皮肉にも、アメリカの制裁が強まれば強まるほど、ベネズエラのような国ではステーブルコイン経済が拡大しやすくなります。銀行を介さない取引が可能になるため、暗号資産は制裁回避の道具にもなるからです。こうした背景から、ベネズエラでは今後も暗号資産の利用がさらに広がる可能性が高いと見られています。


ご参考

実質GDP成長率がそこまで悪くなくても、インフレによって消費者の心理が悪化することによって、政治的には非常に厳しい状況になることがあるわけです。これはアメリカの2022年の中間選挙の時にも見られましたし、2024年の大統領選挙に向けても、インフレ抑制が最重要テーマとして議論されてきました。

政治と経済とインフレとセンチメントの関係

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