ドイツ銀行とトランプ大統領とペトロ人民元
何かあると、ドイツ銀行は破綻するのかとか、ドイツ銀行が危ないぞとか、そういうことがよく言われると思います。これは日本だけではなく、世界的にもそういう傾向があります。そんなドイツ銀行ですが、ロンドンに勤務しているストラテジストが、米ドルの基軸通貨としての地位はもう終わりだ、これからは人民元だ、なんていうことを言っているのですが、今回のイランでの戦争を受けて、ペトロ人民元だと言っています。この記事ではこのドイツ銀行と人民元について解説します。
ペトロ人民元というのは、原油取引を人民元で決済しようという構想のことです。現在、ペルシャ湾においてアメリカがイランの海上を封鎖する状況になっています。これによって大きな影響を受けるのが中国であり、中国の動向がますます重要になってきています。
ドイツ銀行のストラテジストが語るペトロ人民元
ドイツ銀行のストラテジスト、マリカ・サクデバ氏が3月後半、イランが原油支払いを人民元で行っている場合に限ってホルムズ海峡の通行を認めるとしたことについて言及し、この紛争はペトロダラーの支配の弱体化を促すようになり、ペトロ人民元の始まりになる可能性があるといった見通しを公表しました。詳しい人は知っているかもしれませんが、ドイツ銀行がこういう主張をするというのは、今回に限った話ではありません。トランプ政権が関税の引き上げなどを発表したことをきっかけに、アメリカでトリプル安が起こった時も、ドイツ銀行はドルの基軸通貨としてのパワーが失われていくという見通しを公表しています。

ストラテジスト個人の見解か
マリカ・サクデバ氏という人は、ドイツ銀行で長くアジア市場のストラテジストなどをやってきた人です。この人の上司にあたるジョージ・サラベロス氏という人が、ドイツ銀行の為替リサーチの統括をしています。このジョージ・サラベロス氏は、トランプ政権になる前から、トランプ政権になったら米ドルは長期的に下落していくという予想をしていました。ドイツ銀行がこうしたトランプ政権にネガティブな予想をすることに対して注目が集まるわけですが、ドイツ銀行の経営層としては、表面上はあくまで調査部門がやっていることだという立場を取っています。
ただ、こうした見通しを公表してまずいと思っていたら、別の人を配置するわけです。わざわざこういう考えの人を配置しているわけですから、経営としてもあえてそうしている意図があるのは明らかでしょう。
ドイツ銀行とトランプ氏との関係
では、ドイツ銀行がトランプ政権とどういう関係にあるのかということですが、元々ドイツ銀行は、トランプ氏が大統領になる前から長い付き合いがあって、トランプ氏の不動産事業などに融資を行ってきたと言われています。トランプ政権1期目の時にいろいろな疑惑がありましたが、ドイツ銀行はトランプ氏のそうした疑惑に関わっているのではないかと、当時注目されました。2020年にトランプ氏が大統領選挙で敗れて以降、レピュテーションリスクを恐れて、当時の経営陣が融資の解消などを模索したことで、トランプ氏との関係が悪化したのではないかと見られています。
レピュテーションとは、「評判、風評」を意味する言葉です。
そのため、トランプ政権に厳しい姿勢をあえて見せている面があるでしょう。ドイツ銀行のストラテジストが、米ドルの基軸通貨としての地位が揺らぐとか、ペトロ人民元だと言っているのは、そのあたりを割り引いて見る必要があるということです。
中国との関係はどう見ればいいのか
では、ドイツ銀行と中国の関係についてはどうなっているのか。アメリカ下げ、中国上げの主張をしているということは、中国との関係も影響しているんじゃないかと当然思われるところでしょう。
ドイツ銀行は2010年代に、中国共産党との関わりが指摘されたことがあります。海航集団という中国の会社がドイツ銀行の大株主になって、中国の影響力が強まっていると言われたことがありました。2000年代からドイツ銀行は中国への進出を進めて、中国共産党の幹部の子供や関係者を優先的に採用して、大規模な案件を獲得するのに有利な立場を築こうとしていたといったことも指摘されていました。ただ、海航集団という会社はその後、経営悪化などからドイツ銀行の株式を売却し、2018年頃にはその影響力が小さくなったと見られています。またその後、2020年代に入ってからは、ドイツを含めた欧州と中国の間で政治的な溝が深まったこともあって、現在はそこまで中国の影響力は大きくないと見られています。
立場を持つことが仕事であるという面
ペトロ人民元だとか、米ドルの基軸通貨としての地位が弱体化するとか言っているストラテジストなどは、政治的な意図を持って言っているということもあると思いますが、それだけではなくて、分析することを仕事にする立場として言っているということもあるでしょう。ストラテジストと言われる仕事では、どんな主張をする人間なのか市場関係者からいつも見られていて、立場がコロコロ変わるようでは支持されません。そのため、ほとんどの人たちは自分の立ち位置を意識しながら、自分の分析を世の中に公表しています。
経営者の方が、どういう分析をする人を主要なポストに配置しようかと、政治的な思惑も含めて考えていることとも言えます。ストラテジストの分析自体に価値がないとか、全部がプロパガンダなんだとかいうことではないと私は思っています。
ドル離れは本当に進むのか
私自身も、今回のイランでの戦争は、ますますドル離れを早めることにつながったのではないかと思っている立場です。ドルの基軸通貨としてのパワーが徐々に失われていく可能性はあると思っています。ただ、欧州のメガバンクからこうしたレポートが出てきているのには、政治的な意味もあるということは知っておいた方がいいでしょう。
トランプ政権の政策などを受けて「アメリカには投資しない」という判断をする投資家も出てきています。そうした投資家が代わりに何を買うのかというと、現実的にはユーロ建て資産になります。
危ない銀行という印象が残る理由
ドイツ銀行は、日本ではデリバティブとかCDSの話などが出てくると、ドイツ銀行大丈夫かとか潰れるのかとか、よく言われると思います。これは、リーマンショックから2010年代に経営が悪化した時のイメージが強いんだろうと思います。このイメージは実は日本だけでなく、欧米でも同じです。
ドイツ銀行のプレゼンス拡大の歴史
元々ドイツ銀行は、1995年まで商業銀行でしたが、そこから投資銀行業務も行うようになりました。当時、アメリカの投資銀行が荒稼ぎをする市場に、ドイツの田舎の商業銀行が参入してきたわけです。ただ、ドイツ銀行はそれまでリスクの高い取引をあまりやっていなかったことで、リスクを取る余裕がたくさんあり、ものすごくリスクを取った取引をバンバンやってプレゼンスを拡大していきました。
当時、ロンドンやニューヨークのバンカーからすると、ドイツの田舎者が出てきて大きなディールをどんどん取っていくわけですから、面白くなかったことだろうと思います。そうしてリスクの高い取引をたくさんやるようになっていったことで、リーマンショックで大きく経営が傾き、不良債権などを整理するのに長い時間がかかりました。これら一連の流れがあって、欧米でもドイツ銀行は「田舎者がまたやらかしたな」というふうに見られがちなところがあります。
ただ、足元では不良債権も減らしてきて、2010年代とは経営状況は大きく変わっており、今破綻が懸念されるとか、そういうことが心配されているような状況ではありません。
ドイツ銀行の発信をどう受け止めるべきか
ドイツ銀行のストラテジストがペトロ人民元だと言っていることや、ドイツ銀行の立ち位置などについて説明しました。ドイツ銀行がこうした見方を示す背景には、分析上の一貫した立場という面もあれば、トランプ政権との関係や、欧州の金融機関としての政治的なメッセージという面もあると見られます。そのうえで、ドル離れそのものが全くあり得ない話かというと、私はそうは思っていません。ただ、それがすぐに人民元中心の世界になるというほど単純な話でもないでしょう。
こうしたレポートを読む時には、内容そのものだけではなく、誰が、どういう立場から、どういうタイミングで言っているのか、そこまで含めて見ることが重要だと思っています。
ご参考
デリバティブやCDS、CLOといった金融商品に関するニュースが出るたび、「またドイツ銀行か」と疑われるのはもはやお約束のようになっています。企業の信用やリスク管理が背景にあるのはもちろんですが、こうしたキャラ付けがされている点では、農林中金もドイツ銀行も共通していると言えるでしょう。
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