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神戸商船三井ビルと古いものを残すということ


 神戸で最近話題になっているのが、大正時代に建てられた大型のオフィスビル、「神戸商船三井ビル」が閉館することになったというニュースです。このビルは神戸の旧居留地と呼ばれる場所に1922年に建てられたものですが、当時の姿を今もとどめている大型のオフィスビルというのは、日本ではもうあまり残っていないそうで、「どうにかできないのか」という声も上がってきています。
 この記事ではこの神戸の大正時代のビルについて解説したいと思います。

出所)kobe-kyoryuchi.com

神戸の歴史と私の個人的な思い

 神戸の観光地を取り上げますが、案件では一切ありません。私自身が神戸の街並みや古い建物が好きで、勝手に取り上げているだけです。

神戸の旧居留地

 江戸時代末期に日本が不平等条約を結ばされたことで開港した港のひとつが兵庫です。この時に外国の治外法権が及んでいた地域が、今の旧居留地と呼ばれている場所です。
 神戸と言えば南京町という中華街も有名ですが、あの南京町は旧居留地の外にあります。これは、当時の清が日本と不平等条約を結んでいなかったため、旧居留地の中に入ることを許されなかったからだと言われています。
 旧居留地自体はイギリス人が設計して街づくりが行われたそうです。

貿易で栄えた神戸と鈴木商店

 明治から大正にかけて、神戸は海外との貿易で急速に発展していきました。神戸では多くの企業が誕生しましたが、その時代を象徴する存在として「鈴木商店」という会社があります。もともとは砂糖の取引などを行っていた会社でしたが、そこから事業を多角化し、総合商社となりました。
 大正時代の全盛期には、鈴木商店の売上は日本の国内総生産の10%にも達しており、三井や三菱をも圧倒していたと言われています。さらには、エジプトのスエズ運河を通る船の1割が鈴木商店の船だったとも言われています。

 しかし、鈴木商店も第一次世界大戦の特需が終わったことで状況が変わり、バブル崩壊や1923年の関東大震災の影響などを受けて経営が悪化し、最終的には1927年に破綻しました。それでも、現在でも鈴木商店の流れをくむ企業は多く残っています。神戸製鋼、帝人、サッポロビール、太平洋セメント、IHI、昭和シェル石油など、他にもたくさんあります。

神戸商船三井ビルの歴史と現在

 そうした神戸が最もイケイケだった時代に、神戸商船三井ビルは現在の商船三井の神戸支店として建てられました。7階建てで、現在は1階部分に百貨店のテナントが入り、2階より上はオフィスとして使われているそうです。当時最先端だったウェスティングハウス社の主導式エレベーターが設置されていて、今もそのレトロな雰囲気を残しています。
 太平洋戦争中には空襲を免れ、1995年の阪神淡路大震災では地下が水没したものの、大きな損傷は免れて復旧しました。2007年には経済産業省が定める近代化産業遺産にも認定されており、2022年には施工から100年を迎えたということで、商船三井に神戸市長から感謝状が送られました。同社も「これからも国内外の港町と共に歩んでいく」としていました。

突然の閉館通知とその影響

 ところが2025年4月になって、この神戸商船三井ビルが2027年に閉館することが、入居者への通知などによって明らかになりました。神戸新聞などの取材に対して、商船側は「閉館後のビルの取り扱いはまだ決まっていない」としています。理由としては「ビルの設備の老朽化により、維持管理が困難になった」とのことです。
 非常に残念なお話ではありますが、地震の多い日本においてはやむを得ない判断かもしれません。ただ、この時代の代表的な建物がなくなってしまうのはやはり寂しいものです。他にも歴史的な建物はありますが、少しずつ数は減ってきています。

神戸の魅力とその限界

 神戸の町の魅力としては、旧居留地や異人館など、明治から大正にかけて外国人がやってきて貿易で発展した時代の名残が残っている点が挙げられます。ただし、これらは外国人の視点から見ると、そこまで珍しくないようです。
 
というのも、ヨーロッパなど地震のない地域では建物が100年、200年もつのは当たり前で、ロンドンだと1700年代の建物が普通に残っています。そういった事情もあり、「神戸の100年前の建物」と言っても、外国人観光客にはあまり響かないようで、訪れる外国人も比較的少ないのが現状のようです。
 日本人にとっては訪れやすい場所ではありますが、103年前の建物を維持できなかったというのは、日本での街づくりや古い建物を残すことの難しさを改めて感じさせる出来事でした。

今後の期待と再建の可能性

 ただし、今回決まったのは「オフィスビルとしては使わない」という方針だけで、それ以外の用途については未定です。何らかの形で残されることを期待したいところです。
 一度崩れた建物としては、この旧居留地に「15番館」というものがありました。1880年に建てられてアメリカ領事館として使われていた建物で、1989年に国の重要文化財に指定されていましたが、1995年の震災で全壊。その後再建され、現在は「TOOTH TOOTH」というお菓子屋さんがカフェを経営していて、アフタヌーンティーなどが楽しめるようです。
 私はまだ行ったことがないですが、妻とお茶でもしに行ってみたいと思っています。

出所)toothtooth.com

古いものを残す意義と神戸市の方針

 古いものを大切にするという取り組みは、新しい世代に歴史を学ぶ機会を提供するという意味でも重要です。そしてそれは、町や文化を大切にする心を育て、次の世代へと受け継いでいくということでもあります。
 
建物に関しては、日本では古いものを残していくのが難しいという環境がありますが、それでも少しでも残していけたらと願っています。
 ちなみに神戸市は、「大阪のベッドタウンにはしない」という方針のもと、中心部にタワーマンションの建設を認めない条例を設けた都市としても知られています。これは人口減少の中では正しかったのかどうか、議論の分かれる政策ではありますが、明治大正から続く商業の町としての神戸を残していこうという考えに基づいたものです。

 結局のところ、美しい公園を残そう、その空間で時間を過ごそうという人が増えなければ、都市の風景はその関心のなさを反映する形で変わってしまうのかもしれません。

日比谷公園再開発とロンドンの公園文化の話

 神戸商船三井ビルに関しても、そういった街の歴史や街並みを守っていこうという姿勢から、何らかの対応策が出てくるのではないかと私は期待しています。今後この建物がどうなっていくのか、神戸市の対応に注目していきたいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


ご参考

 神戸市の部活動廃止の決定は、教員の負担軽減という重要な課題に対応するものです。学校教育の質を向上させることが本質的な目的であり、これは非常に意義深い取り組みです。ただし、部活動廃止がもたらす副次的な影響も無視できません。

神戸市の部活動廃止がもたらす社会的影響の考察

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