楽々古事記【30】ゆずれない願い
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建御名方神(タケミナカタ)
ドシン ドシン ドシン
大きな岩をヒョイヒョイとお手玉のように扱いながら、大国主神の息子「建御名方神(タケミナカタ)」がやってきました。
建御名方神は、その大きな岩をポイッと捨てると、剣の先に胡坐をかいた建御雷神(タケミカヅチ)に聞きました。
「おいコラ、お前が建御雷神か?」
「(・・・)」
「話は聞いたぞ。国を譲れっち、どうゆーことなんか? おー?」
「(・・・)」
「なんで黙っちょるんかきさん! どこ中なんか? おー?」
※なぜかわかりませんが、不良は出身中学校を聞きたがります。
「(・・・)」
「ナメとーごとあるなコイツ…。おい、剣から下りち来い、勝負たいッ!」
追いかけてお諏訪様
ブチ切れたタケミナカタは、剣から下りた建御雷神の手を掴んでブン回そうとしました。
すると、建御雷神の手が急に冷たくなって氷の柱になり、それが剣に変化しました。
「ギョエッ!・・・なんかこれは? 手が氷の剣に!」
ビックリしたタケミナカタは手を離すと、その氷剣を振りかざして襲ってくる建御雷神に恐れて半歩下がりました。
ひるんだタケミナカタの手を、今度は建御雷神がガチッと掴むと、
グチャ!
「ギャァァァーー!」
と、ひと息にタケミナカタの手を握り潰してしまいました。
どうやら圧倒的な差があるようです。
「(これは無理だ…勝てん)」
そう思ったタケミナカタは背を向けて逃げ出しましたが、建御雷神は雷神の如く追っていきました。
恐れたタケミナカタは逃げに逃げました。
ですが、とうとう科野国の州羽(すわ)の海で追い詰められてしまいました。
【科野国の州羽の海】
(しなののくにのすわのくに)
科野国=信濃国=長野県
州羽の海=諏訪湖
「覚悟しろタケミナカタ」
追い詰められた建御名方神(タケミナカタ)は観念するしかありませんでした。
「ハァ ハァ ハァ…い、命だけは助けてください。私はこの地、州羽の海から一歩も出ません。国譲りも承諾します。ハァ ハァ ハァ…」
勝負はタケミナカタの完敗でした。
建御雷神(タケミカヅチ)は国譲りの承諾を確認して頷くと、大国主神のいる出雲へと戻りました。
【建御名方神のその後】
その地に定着し、のちの「諏訪大社」の祭神となりました。
諏訪大社ウェブサイト
約束と意地と
出雲に戻った建御雷神は、さっそく大国主神に会いに行きました。
「大国主神よ…、国譲り…、どげんするとや? お前の息子のタケミナカタは承諾したぞ」
「え、あの、えっと…」
「どうした?」
「その、あの…」
「国を譲る…それでいいとやな?」
「そ、そうですけど…そのぉ…」
静かに問う建御雷神に対し、下を向いてオドオドする大国主神は、
「(もうダメやん、国を譲らんとオレまでやられてしまう…)」
と思い、『はい、譲ります』と返事をしそうになったときでした。
獅子吼、再び
「(!)・・・あッ!」
大国主神の胸の奥に刻んだモノが…、
獅子吼が…、
あの荒々しい神の声と共に蘇ってきました。
「おーい聞こえるかぁ。いいかお前、お前が持っていった生太刀と生弓矢で、お前を苦しめた八十神兄弟を山や河に追い詰めて、やっつてけてしまえ!。そして我が娘スセリビメを正妻とし、大国主神(オオクニヌシ)と名乗って国を造り、出雲の地に岩盤を土台にして太い宮柱を立て、天に届くほどの千木(ちぎ)を構えたデカい宮殿を建てるんだぞ。いいか、わかったな、このクソ野郎ーッ!」
その男神の声は、大国主神の全ての細胞に響き渡って熱き血潮となり、全身を駆け巡りました。
「(スサノオさま・・・)」
下を向いていた大国主神は顔を上げ、
「(そげんでしたよね…。やりますよ、見ちょってくださいね)」
と覚悟を決め、建御雷神の眼をしっかと見つめました。
「(ほぅ、先ほどの卑屈さが消えとるな…)」
それを感じた建御雷神は、大国主神の言葉を待ちました。
国譲り
二人は静かに会話を始めました。
「建御雷神よ」
「なんだ?」
「国を譲る代わりに頼みがある」
「・・・聞こうか」
「私が住む宮殿を造ってくれんか?」
「宮殿を?」
「ああ、天つ神の御子に負けんくらいデカい宮殿をな」
そう言った大国主神の表情は穏やかで、とても涼しい眼をしていました。
「(覚悟を決めたいい顔だ。その頼みは、お前が命に代えても譲れない部分なんだな)」
建御雷神は、大国主神の思いの全てを飲み込みました。
そして、僅かに微笑みながら、
「OK!」
とだけ返事をし、高天原へと帰って行きました。
宮殿
完成した宮殿は、雲を衝き、天に届くほどの高さがあり、日の光を浴びて輝いていました。
「ここに住むのか…。うん、これやったら立派な祭祀が出来るやろ…。国の統治は譲っても、祭祀までは譲れんけんな…」
そう呟いた大国主神は、宮殿の階段を悠々と登って行きました。
その後ろ姿は、八十神たちにいじめられていた頃の卑屈さはなく、国造りという大事業を成し遂げた雄々しい男神の背中でありました。
おしまい。。。
その後、しばらくすると人々はその宮殿を「出雲大社(いづもおおやしろ)」と呼ぶようになり、縁結び・子宝・夫婦円満・五穀豊穣・商売繁盛・国土開発・病気平癒の神様として、崇め奉るようになりました。
とさ。。。
出雲大社ウェブサイト
ここで大国主神は、一旦引退です。
一旦です。
(後の回でチョイ役で出演します)
図① 大国主神 一旦引退

建御雷男神と、もうひとりの神様を紹介します。
【建御雷之男神と、もう一人の神様】
日本書紀では、建御雷神と
「経津主大神(フツヌシノオオカミ)」
がメインとなって国譲りを成功させています。
※経津主大神は古事記には出てきません。
その後、建御雷神は、
・鹿島神宮の御祭神
となり、フツヌシは、
・香取神宮の御祭神
となりました。
この鹿島神宮と香取神宮は、2社セット(双宮)ですので覚えておいてくださいませ。
※お暇なら、息栖神社(いきすじんじゃ)も調べてみてくださいませ。
図② 掛け軸
武道の道場や、武家の家では、下図のような掛け軸をよく見かけます。

中央の天照大御神さまが、道場名だったり、南無八幡大菩薩と書かれている場合もあります。
あと、鹿島さまも香取さまも、鹿島大明神、香取大明神と、大明神の場合も多く見受けます。
では、鹿島さまと香取さまのリンクを貼っておきます。
【建御雷之男神】タケミカヅチ
鹿島神宮ウェブサイト
【経津主大神】フツヌシノオオカミ
香取神宮ウェブサイト
ということで、今回の図を貼って終わりますね。
図③ 今回の図

図④ 系図 タケミナカタ

図⑤ 系図 建御雷神

北九州市で飲食店などをやっています。
気になる方は下記のプロフィールをご覧くださいませ。
ではでは。。。
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