【小説】「君と見た海は」プロローグ・第一話「変わらない約束」
五木田洋平さんの音楽「Like a beautiful tide」を使わせて頂きます。
あらすじ
仁海と翔太は幼馴染みだった。大切な関係を崩したくなくて恋人同士の関係になるのを避けてきた。ところが翔太は、生まれ育った町を出て、車で二時間のところにある高校で寮生活をすることになる。そこで翔太は、離れても二人の関係が続くように中学三年生の秋祭り前の或る放課後、告白をした。晴れて恋人同士になった二人ではあったが、どこかぎこちないまま三月を迎えてしまう。二人は離れ離れとなったが、約束していたように連絡を取り合うことは、叶わなかった。やがて別々の道を歩むことになった二人には、どんな未来が待っているのだろうか?
プロローグ
浜の香りが懐かしいこの場所は、私の故郷。ここに来ると子供の頃、幼馴染みのあなたと一緒に無邪気に遊んだ楽しい日々が浮かんでくる。
来る日も来る日も砂浜を裸足で駆け回った。あなたはいつも私の麦わら帽子をふざけて取り上げるから、私は少しふくれっ面になって追い掛けた。
追い掛けて、追い掛けて、辿り着いたのは、別々の道だった。でも、この場所に来れば、あの頃のあなたに会える気がしてつい訪ねてしまったのは、あなたのことをまだ忘れられないでいるから。
海は夏より秋の方が好きです。寂しさを優しく受け止めてくれる気がするから。私は、翔太のいない夏を何度過ごしているだろう?
第一話「変わらない約束」
「仁海ちゃん、僕たちつきあってるのかな?」
砂浜に仰向けになったまま翔太は聞いてきた。私達は、幼稚園の頃からの幼馴染みで、お互い知りすぎている。だからと言って、つきあっているのかと問われれば、そうではないような気もするし、でも翔太は私にとって日常の一部で、一緒にいることが当たり前だった。
隣で同じく空を見上げていた私は勢いよく体を起こすと、上から翔太の顔をのぞき込んだ。
「翔太くん、うちも分からん」
翔太は、拍子抜けしたように「え?」と小さくつぶやきながら体を起こして私の方を向いて正座をした。
「ねえ、仁海ちゃん、今度の土曜日の秋祭りに一緒に行こう」
「うん」
私は短く頷くと、おもむろに立ち上がり、砂浜を掛け出した。翔太に赤くなった顔を見られたくなかった。
走っている途中で、靴が片方脱げた。靴と靴下をその場所に脱ぎ捨て、裸足で駆け出した。私は砂浜を駆けるのが好きだ。素足に砂の温かさや柔らかさが伝わってくる。そして上から素足で押したのと同じ強さで、砂は私を押し返してくるのだ。
「仁海ちゃん、待ってよ」
翔太は走るのが速い。私がどんなに一生懸命に走ってもすぐに追いつかれてしまう。翔太が私の手を掴んだ勢いで二人共つまづいて砂浜に倒れ込んだ。いつだって私は、追い掛けた翔太をつかまえることはできないし、先に走っても必ず追いつかれてしまう。
うつ伏せのまま隣を向くと、翔太の顔がすぐ近くにあった。私は初めて翔太の右目の下に小さなホクロがあることに気付いた。
翔太は、私の左手を自分の右手で包んだ。砂の温かさよりも、翔太の手のぬくもりの方が温かくで心地良かった。私たちはしばらくの間、見つめ合っていた。
「仁海ちゃん、僕とつきあってください」
翔太は砂浜にうつ伏せて私を見つめながら言った。いつになく丁寧な言葉から、これまで見たことがない翔太を発見したようだった。
「オケ! 何か今までと変わるのかなぁ?」
「変わらないよ。変わらないことを今、約束したんだ」
特別な関係になった私たちは、裸足のまま手をつないで、さっきの靴のところまで歩いた。翔太は、自分の気持ちが変わらないことを私に伝えたかったのだろうか?それとも「つきあっている」「恋人同士」といった類いの「目に見えない特別なチケット」が欲しかったのだろうか?
私は、どちらでも良かった。ただ、翔太が真剣に考えたことを受け止めてみたかったのだ。翔太は私の砂だらけの足を、自分のハンカチではたいてきれいにしてくれた。
「翔太くん、ハンカチ汚れちゃったね。ありがと・・・・・・」
お礼を言う私の唇を翔太の唇が遮った。翔太のぬくもりが伝わってきた。中学三年生の秋、翔太と私のファーストキスだった。
どうやって家まで帰ったのか、全く覚えていなかった。自宅に戻ると、はじめての出来事が母にバレてしまうのではないかと心配になる。母は、私にいつもと違うところがあるとすぐに見抜いてしまう。何事もなかったかのように「ただいま」を言い、何事もないことを装うために、数学のテストが返却された話をした。
キッチンの母の目をクリアし、自室に閉じこもった。ベッドの上に寝転ぶと、唇にまだ翔太のあたたかい感触が残っているような気がして、指で触れてみた。
学校が早く終わると、翔太と砂浜に海を見に行く。いつもは穏やかに見える波の水しぶきがいつもより躍動して見えたのは、私の心が高鳴っていたから。
幼稚園の頃の翔太は、わんぱくで、いつも誰かと喧嘩をしては、先生に叱られているタイプだった。でもそれは、翔太なりの小さな正義を貫いているからだと私は知っていた。みんなが順番を守っているのに自分勝手に横入りをしてきた子に注意をしたり、意地悪をされた友達をかばっていたり、そんな時、彼は黙ってじっとしていられなかったのだ。そして夢中になっているうちに、やり過ぎて先生に叱られて、目にうっすらと涙を浮かべ、園庭の隅っこでひざを抱えて砂いじりしながら座っている。
「翔太くんは、悪くない」
「・・・・・・」
「あっちの方が悪かったんだから」
「そうかな?」
うつむいていた顔を上げて私と目が合う。こんな時の翔太は、いつだって照れ臭そうだった。
「翔太くん、ヒーローみたい」
私にとっての翔太はいつだって親切で、頼もしい存在だった。
* * *
もうじき受験をしてこの町を離れて行く僕には、将来やりたいことが二つあった。そのうちの一つを自分で叶えなくてはならない時がやってきた。だから大好きなこの町を一度出る決心をした。迷いはないけど、ひとつだけ心配なことがあった。
それは、幼馴染みの仁海ちゃんのことだ。彼女は、一緒にいることが当たり前のような存在になっていた。はじめは兄妹みたいな間柄だと思っていた。でも僕は、いつの頃からかそれ以上の感情を感じるようになっていた。きっと、彼女の笑顔が僕をいつも勇気づけてくれていることに気付いたから。
珍しく僕が気落ちして元気をなくしていたのは、中学二年生で生徒会長に立候補した時のことだった。立候補したのは、自分の大好きなこの町の人口が年々減っていることを止めたかったからだ。
町を通る路線バスの本数が一日三本あったのに、二本に減らされてしまった。車に乗れない人は、買い物に行くことですら不自由だった。バスの時刻に生活を縛られてしまう。このままでは、この町に住み続けたい人なんかいなくなってしまうだろう。いつか見た町のように限界集落になってしまう。中学生にできることなんて限られているだろうけれど、何もしないではいられなくなったのだ。
「体育祭に地域のイベントを入れて町を元気にすること」「制服を廃止すること」を公約に掲げていた。でも周りからは、「地域の人なんか呼んでも盛り上がらない」「制服を廃止にするなんてムリに決まってる」といった否定的な言葉が聞こえてきた。
早帰りの日の帰り道、いつものように砂浜に二人、寝転んでぼうっと青空を眺めていた。ここは、子供の頃、二人で駆け回っていた砂浜。今では僕たちが、お喋りする場所になっていた。
聞こえてくるリアルの批判と、SNSで心ない言葉を伝えてくる同級生の親切ぶった、もっともらしい言葉の破片が頭の中を埋め尽くした。僕は、息が詰まりそうだった。
すると、仁海ちゃんが、僕の顔を上から覗き込んできた。
「言いたい人には言わせておけばいいんだって。翔太くんの良さは私が一番知ってるから。君は、正義を背負って生きてる」
にっこり微笑む仁海ちゃんの朗らかさと、ちょっと謎めいた言葉に励まされた。
「何それ? 正義を背負って生きてるってどういうこと?」
「翔太くんは、自分に都合のいい正義を乱用する人とは違って、必要な人に正義を届けて、助けてあげているでしょ?」
「ふうん」
「そういうとこがいいの」
にっこり微笑む仁海ちゃんの言葉は、なんだか説得力があった。もやもやしていた僕の頭の中と、心を覆っていた霧が晴れた瞬間だった。選挙では具体的な公約を、自分の等身大の言葉で伝えることができた。周囲の理解と、仁海ちゃんのおかげで僕は生徒会長となった。心から仁海ちゃんに感謝した。彼女が僕にとって特別な人だと気付いた瞬間でもあった。
彼女の応援のおかげで、僕は迷わず公約を果たすことができた。この町の伝統を受け継いでいる手筒花火保存会の方々を体育大会に招き、花火を奉納してもらうことになった。
祖父も父も花火師の資格を取り、この保存会で活動している。中学校の体育祭に参加することになって保存会の長老たちもはりきっているという。毎日時間を持てあましていた長老たちは、学校に何度も打ち合わせに来て、そのついでに校庭の草刈りやら、自転車置き場のペンキ塗りまでしてくれた。
体育祭当日も、早朝から準備に余念がなかった。天高く火柱を吹き上げ、振りかかる火の粉に微動だにしない祖父や父や長老の姿に、生き様を感じた。心を打たれた僕は、いつの日か僕も、手筒花火を受け継ぎたいと自身に誓った。手筒花火の披露は、誰にとっても心に残るものとなった。
「制服の廃止」は、他地区から本校への転入を容易にするために必要だった。年々、生徒数が減っている僕たちの学校は、このままいくと廃校の危機に直面する。制服などの学用品を揃える費用がかからなければ、この学校の良さを知った人が転入してきやすくなる。あとは生徒会が主体となって学校の良さを発信すればいい。僕の在学中に他地区からの転入が二名あったことは、とても嬉しいことだった。
仁海ちゃんは、僕が話すどんな計画も、いつも面白そうに聞いてくれた。彼女の微笑みが僕を支えてくれていた。
僕がこの町を出て行くと知ったら、仁海ちゃんは何と言うだろうか? 悲しむ顔を想像すると、なかなか言い出しにくかった。これまでは「幼馴染み」という曖昧な間柄でいることが、二人の関係を保つちょうど良い距離だと思っていた。でも僕たちの関係が、離れてもつながったままでいられるよう、はっきりとした間柄になった方がいいだろうと考えるようになっていった。「自分の気持ちを伝えたい」僕の思いは、日に日に大きくなった。
