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辞書を面白がる日が来るなんて/『舟を編む』恋愛の語釈


以前、ドラマ『舟を編む』の感想を書いた。


その時点では原作である三浦しをんの小説は未読だったが、ドラマが本当に素晴らしかったので、最終回まで見届けてからようやく小説を読んだ。

ドラマ版の主人公、岸辺みどり(演:池田エライザ)は、小説では途中から登場する脇役ということもあり、ドラマほど細かい描写はなく、小説とドラマでは少し異なる印象を受けた。

一方で、馬締光也(野田洋次郎)、松本先生(柴田恭兵)、荒木(岩松了)は、どうしても俳優の顔を思い浮かべずにはいられなかった。ドラマを見て抱いていた印象と、小説で描かれる人物像がほぼ同じだったのだ。

また、西岡という男の、軽薄で嘘ハッタリが上手で、なのにどこか熱い思いも秘めていて、周りへのさりげない気配りと優しさを感じる人柄が、向井理にぴったりだと思った。(向井理があけぼの製紙の宮本さん役じゃなくてよかった笑)

とにかく、どのキャラクターも原作に忠実で、キャスティングも俳優の再現性も、素晴らしかった。



また、前回の記事で私が触れた松本先生の「激おこプンプン丸」のくだりは、原作にもあるのだろうか?と気になっていたが、小説を読んでドラマオリジナルだったのだと分かった。

調べたところ「激おこプンプン丸」という言葉は2013年頃に流行。小説の初出は2009年〜2011年の雑誌連載。ドラマは2017年〜の設定。


他にも、ドラマオリジナルのセリフや設定、原作の一場面を上手く脚色して映像にしていた点など、小説とドラマの違いや演出の工夫を読み取ることができた。

キャスティングに忠実なドラマに対して、映画はストーリーにも忠実だったのだなと今更ながら気付くこともできた。


小説、映画、ドラマ、それぞれの良さがあったと思うが、強いて言うならば私はドラマ版が一番好きだ。辞書を作るプロセスや苦悩、喜びが一番分かりやすく、『舟を編む』というタイトルもとても腑に落ちた。


小説を読み終わった今、またドラマを見返してみたら、第2話のとある演出が本当に良いと思った。

原作にはなかったが、みどりの恋人が同棲していた部屋を突然出て行ったあと、もう一度会ってふたりが話をするシーンだ。

【恋愛】の新たな語釈を任され、自分自身の恋愛について振り返るなかで、みどりは辞書を通して恋と愛の違いについて気がつく。

恋はあったけど それは絶対あったけど
ごめん 愛じゃなかった 全然

元恋人に謝るみどり


その直後、「無理かな、もう一回…今度は私…」と復縁を持ち掛けようとして

あきら・める【明らめる】
物事の事情・理由をあきらかにする。

辞書の語釈が画面上に現れる


相手の顔を見て、みどりは悟る。

あきら・める【諦める】
望んでいたことの実現が不可能であることを認めて、望みを捨てる。断念する。思い切る。

そして、「な〜んて」と言いながらグーパンチ。


(ここでも「なんて」を出してくるなんて!!なんて粋な演出!とテンション上がった)


多分その時 私は今までで一番 愛でした

みどりのナレーション

あい【愛】(名)
相手をいつくしむ心。相手のために良かれと願う心。


からの、帰り道のしりとり。
(しりとりは「る」で終わると強いと、マジメのアドバイスを実践)

別れたけれど、仲良く笑い合うふたり。

あきら・める【明らめる】
心をあかるくする。心を晴らす。


別れたあと、みどりは相手の後ろ姿を一瞬追いかけようとして…

そして 今までで一番 恋でした

ナレーション

こい【恋】(名)
人を好きになって、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ち。


そんな切ない恋愛の実体験を踏まえてついに生まれた、みどりオリジナルの【恋愛】の語釈。LGBTへの配慮もあり、「男女・異性」から「特定の二人」に変更も。

特定の二人の互いへの思いが、恋になったり愛になったり、時に入り交じったりと、非常に不安定な状態。

初校


そして、最終的に【恋愛】の語釈はこうなる。

特定の二人が、互いに引かれ合い、恋や愛という心情の間で揺れ動き、時に不安に陥ったり、時に喜びに満ちあふれたりすること。

ドラマ最終回より


文の最後を「不安定な状態」から「喜びに満ちあふれたりすること」にしたことで、とても前向きな印象になったと思う。日本語って本当に不思議。



『舟を編む』に感化され、私も学生時代ぶりに紙の辞書が欲しくなり、先日書店へ行ってみた。広辞苑があったので触ってみたが、実物は思ったよりも大きく、重く、価格も1万円ほどあり、勉強目的でもなく「ただ欲しいから」というだけでいきなりポンと買う勇気はどうしても出なかった。

迷いに迷った末、まずは小さい辞書からと思い、小型辞書の『新明解国語辞典 第八版』(三省堂)を買ってみた。3200円くらいだった。「一番売れている」と書いてあったし、パラパラと何冊かを見比べてみてもなんとなく一番見やすいように感じたからだ。

いざ買ってしまってから急に、他の辞書との違いが気になってきて、Youtubeで調べていたらこんな動画に出会った。4年前の動画だった。


面白かった。笑った。w

『新明解国語辞典』が他と比べてかなり個性的な辞書であるということを、買ったあとに知ることになった。とはいえ、買う前にこの情報を知っていたとしても、きっと私は興味本位で購入したと思う。


最後に、そんな個性的な新明解の【恋愛】の語釈をここに残して終わりにしようと思う。さぁ、『舟を編む』の玄武書房『大渡海』の語釈とどう違うか?

れんあい【恋愛】
特定の相手に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。

『新明解国語辞典 第八版』(三省堂) p.1668


長っっw
しかも結構メンヘラな気が(笑)
(ちなみに【メンヘラ】は新明解には載っていなかった)


あとから気づいたので追記するが、『舟を編む』の原作にも、新明解国語辞典(第五版)の恋愛の語釈が出てきた。

れんあい【恋愛】
特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。

『舟を編む』(光文社文庫)p.52


「(新明解は)独特の解釈でおもしろいって、有名な辞書だよな」と西岡が言うセリフも発見した。忘れていた。

長いし面白いのは変わらないが、第五版から第八版でだいぶ表現が変わっていると分かる。新明解も「特定の異性」から「特定の相手」に表現を変えていたようだ。



確かに、辞書にも個性があって面白い。

辞書作りの苦労を知ってしまった今となっては、味気ない活字の奥に、その語釈をあれこれ悩み考え抜いたのであろう人間の熱い思いを感じられる気がした。

こんな自分が辞書を面白いと思う日が来るなんて感慨深い。



近いうちに、広辞苑か大辞林、買ってみよう。
語釈の読み比べをしてみたいし、【メンヘラ】の項目があるか気になるから。


そして何より、私も心強い舟に乗って、言葉の海を進みたいから。



【後日追記】
大辞林第四版を買った。嬉しい。図版かわいい。大辞林にもメンヘラは載っていなかった。きっと用例採集はされているはずだが、まだ「注意深く観察」の段階なのだろうと思われる。

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