それにしてはあの子、いつも元気で楽しそうよ / 群ようこ『かもめ食堂』
『かもめ食堂』は映画を先に知った。
もう何度見ただろう?
好きすぎて、もはや見てない。
家事をするときなどにBGM代わりに流している。
ストーリー的にはほぼ何も起きない。
見る人によってはめちゃくちゃ退屈な話だろうけど、何も起きないからいい。ドラマは別に求めてない。
映像だからこそ表現できる、あの「平和でゆる〜い空気感」にただ癒されたいだけだ。頭を空っぽにして。
クリーンで明るい色彩と、軽快な音楽も良い。
そしてなんと言っても、おいしそうなごはん!
おにぎり、シナモンロール、コーヒー
トンカツをサクサク切る音や
しょうが焼きをジュージュー焼く音
小林聡美演じるサチエさんのサッパリした明るさと強さにも憧れる。ああいう人が本当の「サバサバした人」なのだと思う。きっと父の「人前では泣くな」という教えがそうさせたのだろう。
以下は、映画でのサチエさんのセリフだ。
レストランじゃなくて、食堂です
毎日まじめにやってれば、そのうちお客さんも来るようになりますよ
それでもダメなら…
そのときはそのとき やめちゃいます
でも、大丈夫
どこにいたって悲しい人は悲しいし
淋しい人は淋しいんじゃないですか
でもずっと同じではいられないものですよね
人はみんな変わっていくものですから
群ようこの原作を読んだ。
話の大筋は同じなのに、セリフも映画とは結構異なっていて、また少し違う印象を受けた。そもそも読書は頭を使うので、ぼーっと見ていられる映画のようには頭を空っぽにできない。
印象としては、小説のほうが現実的だった。映画ではふんわりとしか触れられなかったが、サチエとミドリとマサコがフィンランドに来た経緯もしっかり描かれていたし、心の声も分かるので「え、そんなこと思ってたのか」と少しガッカリしたり、それぞれの登場人物が映画とはまた少し違う人に見えた。
小説と映画のどちらが良かったかとか、どちらのほうが好きかとか、比較がしたいわけじゃない。どちらもそれぞれの良さがあった。
映画ではおにぎりやシナモンロールなどの「おいしそうな食べ物」が印象的だった。
もちろん小説でもサチエはおにぎりにこだわっているものの、フィンランド人にはあまりウケがよくない。(それでもおにぎりを推し続ける)
彼らは、サチエが心をこめて握るおにぎりよりも、彼女が元気で楽しそうに働く姿に興味津々のようだった。
冒頭、近所のマダムたちから噂されるサチエ。
「子供一人で置いておくなんて。さすがに東洋人は子供でもよく働くわね」
「もしかして無理矢理に働かされているんじゃないかな」
「それにしてはあの子、いつも元気で楽しそうよ。聞いたことがない曲だけど、鼻歌なんか歌ったりして」
物語の途中、仏頂面で現れたおばさんがウォッカを注文し、一気飲みをして倒れる。介抱して家まで送り、話を聞くとどうやら夫が家出をしてしまったらしい。
「何もやる気がなくって、ふらふらと歩いているうちに、あなたの店よ。そう『かもめ食堂』っていったわね。そのお店を見つけて何か気になったの。あなたたち、いつも笑っているわね。それがとても感じがいいの。表面だけの愛想笑いだけじゃなくて、心の中から笑っているのよね。でもお店にすぐ入る勇気はなくて。意を決して入っても、やけっぱちな気分は晴れなくて、こんなことになってしまったの」
彼女も、サチエたちが楽しそうに働く姿に何かを感じたらしい。
そして、最後にマッティという男が現れる。
映画では美味しいコーヒーの淹れ方を教えてくれるダンディな人だが、小説では泥棒から足を洗った男だった。海外に行ってしまった二人の娘がいると言う。
「その娘たちがなあ、きみたちにそっくりなんだ」
(中略)
「きみたちが元気で明るく働いているのを見て、うちの娘たちも、同じようにいてくれればいいなと思っていたんだ」
マッティは、サチエたちに姿を重ねて、離れて暮らす愛しい娘たちのことを想っていた。
みんな、おいしそうなごはん目当てにかもめ食堂に集まったのではない。サチエの明るさに自然と惹かれて集まったのだ。(※下記追記あり)
かもめ食堂の記念すべき最初の客で、いつもタダでコーヒーを飲んでいく日本オタクの青年トンミヒルトネンも、コーヒー目当てというよりは、サチエたちに会いたいから(かつ日本語を使いたいから)お店に来ている感じだ。
無愛想だけど優しくちょっと人見知りなフィンランド人(トンミは例外)と、異国の地で元気で明るく毎日まじめに働く日本人。
まじめだけど深刻なわけでもなく、客が来ないからと腐ることもなく、こだわりを持っていつも楽しそうに働くサチエ。その明るさと強さが、周りの人を惹きつけている。
サチエは、周りの人や場所のせいにもしない。
「自然に囲まれている人が、みな幸せになるとは限らないんじゃないかな。どこに住んでいても、どこにいてもその人次第なんですよ。その人がどうするかが問題なんです。しゃんとした人は、どんなところでもしゃんとして、だめな人はどこに行ってもだめなんですよ。きっとそうなんだと思う」
お店を手伝ってくれたマサコが日本に帰ると言ったときは、「さびしくなりますね」と言いながらも、サチエは心の中でこう思っていた。
でも彼女の人生は彼女自身が決めることだから、自分は無理強いできない。
他人には決して口出しせず、自分のやりたいことをまじめにやるだけ。どこにいてもブレないその姿が潔くて明るくて、自然と周りに元気を与える。
「楽しく元気でいるだけで、もしかしたらそれが意図せず誰かの力になっているかもしれないんだな」というのが、『かもめ食堂』を読んで私が思った感想だ。
私はサチエさんみたいに強くもないし潔くもないし料理も苦手だし元気じゃない日もたくさんあるけれど、いつも機嫌よく、人に優しい人間でありたい。
料理下手でも、おにぎりくらいは丁寧に、心を込めて握ろう。
※後日、別の投稿にて一部表現の追記をした。
